英語と歴史を同時に学ぶ 「史実を世界に発信する会」の英訳教科書 15

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 http://rashinjyuku.com/wp では、漢字・平仮名・片仮名や数字を丁寧に書くよう指導します。大人になった時に、人前で文字を書く機会があるときに、恥をかかない為です。特に、一生書き続ける自分の名前は、丁寧にバランスを考えて書かせています。

さて、英語と歴史を同時に学ぶ」シリーズです。第4章 近代の日本と世界(1) 幕末から明治時代 第1節 欧米諸国のアジア進出 の続きになります。http://www.sdh-fact.com/CL02_2/Chapter%204%20Section%201,%202.pdf

アヘン戦争の図 中国の帆船を砲撃するイギリス艦(右端)は最新の蒸気船で、産業革命によって生じた西洋とアジアの力の差を象徴している(東京・財団法人東洋文庫蔵)

 

The Opium War and Great Britain’s advance into China

Tea-drinking grew in popularity throughout Europe over the course of the eighteenth century. In Great Britain especially, Chinese tea became a daily necessity. Britain paid a hefty price in silver to Qing China in exchange for the tea. However, in order to recoup its losses, Britain started to grow the narcotic opium in India and secretly export it to China. As a result, silver flowed out of China.

When China banned importing of opium, Britain sent an armada to China, in the name of defending free trade. In 1840, British and Chinese forces clashed, marking the start of the Opium War. Great Britain used its naval superiority to blockade the Chinese coastline and, in 1842, finally forced China to sign the humiliating Treaty of Nanking, which ceded Hong Kong to Britain. Hamstrung by hefty war reparations, China soon had to sign similar unequal treaties with the other Western powers.

The Western powers were thus gradually consigning China to a quasi-colonial status. News of this reached Japan where it was met with great alarm.

Topic 48 Recap Challenge! – (1.) What word would you use to describe the state of the nations of Asia during the West’s age of expansion? (2.) Explain what methods were employed by the Western powers at this time to extend their influence over Asia.

 

アヘンを巡る三角貿易 ① 茶を輸入してイギリス本国で売り捌き、② イギリスの安い綿製品をインドに売り、③ アヘンを栽培させて清に売った。

 

インドのアヘン倉庫 広大なケシ畑と大規模な工場で生産されたアヘンが格納、管理されていた。

 アヘン戦争とイギリスの中国進出
18世紀になると、ヨーロッパ人に紅茶を飲む習慣が 広まった。特にイギリスでは、真から輸入する茶は生活必需品となり、代価として多数の銀を清に支払った。そのため、イギリスはインド人に麻薬のアヘンをつくらせ、これを密かに清に輸出したため、今度は清から銀が大量に流出した。
 清がアヘンの輸入を禁止すると、イギリスは自由貿易を口実に軍艦を派遣して戦争を仕掛け、1840年、アヘン戦争が始まった。圧倒的な力を持つイギリスの海軍が海上を封鎖して、1842年、清は香港の割譲などを含む屈辱的な南京条約に調印した。清は多額の賠償金に苦しみ、他の欧米列強とも不平等条約を結ばされた。
 こうして清は次第に半植民地の状態に置かれるようになっていった。この情報は日本にもたらされ、大きな衝撃を与えた。
 まとめにチャレンジ
① アジア諸国は、欧米列強の進出を受けてどのようになったか、一語で考えてみよう。
② その時の欧米諸国の進出の方法は、どのようなものであったか説明してみよう。

ケシの実 イギリスはインドの高原地帯でケシを栽培させ、アヘンに精製さした。今日、日本を含む多数の国で、ケシの栽培は固く禁じられている。

 

・・・現在の麻薬や禁止薬物の蔓延は、多くの国の人々を苦しめ、各国が撲滅運動を行なっていますが、その蔓延の端緒となったと言える歴史的な事実が、イギリスの行ったアヘンをめぐる三角貿易です。イギリスなどの欧米諸国が行なった「奴隷貿易」同様、世界史に記す大きな汚点です。力を信奉する国々の争いは、現在も続いています。

posted by at 15:54  |  塾長blog

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