実語教 その一

長崎市五島町の羅針塾 学習塾・幼児教室で9月25日親子セミナーでご紹介しました「実語教」。
なかなか素晴らしい教訓に満ちています。
「童子教」とともに童蒙(*)学習書の筆頭に挙げられ、平安時代末期から明治初期にかけて普及していた庶民のための教訓を中心とした初等教科書です。江戸期には寺子屋などで修身並びに習字の教本として用いられています。

(*童蒙=幼くて道理の分からないこと。また、其の者や其の様。)

「実語教」は日本人の幼児教育の根本をなすものと思いますので、其の全文を回数を分けてご紹介いたします。

    実語教教本

 

実語教 白文

漢文(白文)や読み下し文は本来縦書きですが、ブログの書式上致し方なく横書きでご紹介いたします。
其の次に現代語訳を記します。

山高故不貴 以有樹為貴
  山高きが故に貴(たつと)からず。樹(き)有るを以て貴しとす。

 人肥故不貴 以有智為貴
  人肥へたるが故に貴からず。智有るを以て貴しとす。

 富是一生財 身滅即共滅
  富は是(これ)一生の財(ざい)。身滅すれば即ち共に滅す。

 智是万代財 命終即随行
  智は是万代(ばんだい)の財(たから)。命(いのち)終れば即ち随つて行く。

 玉不磨無光 無光為石瓦
  玉磨かざれば光無し。光無きをば石瓦(いしかわら)とす。

 人不学無智 無智為愚人
  人学ばざれば智無し。智無きを愚人とす。

現代文

山はどれほど高くても、高いのみで貴しとすべきではない。山には様々な樹がある故に貴いのである。

同様に、人もただ肥えたるのみでは貴しとすべきではない。智恵があればこそ貴いのである。

金銀や財産に富んで居るからといつても、それは人人がこの世にある間だけの財である。
命が終れば皆これを捨てて行かねばならぬのであるから、身滅すれば即ち共に滅すというのである。

智、即ち物の道理を知り、正しい判断を下す能力は、万代、即ち永久の宝である。
これは人の命が尽きても、その身に随って行くものである。

玉(宝玉、宝石など)も磨かねば光がない。
光がなければ玉も石や瓦に等しいのである。
(玉は本来石の内にあるもので、石を割りみがきて玉となるのである。)

人も生れながらにして智慧があるわけではない。学問して始めて智恵が出来るのである。
学問をしない人は愚人にして石や瓦に等しいものである。

posted by at 17:15  |  塾長blog

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