武漢ウィルスが世界中に蔓延しつつあるこの時期に、久し振りに二宮翁夜話(にのみやおうやわ*)を読んでいますと、改めて感じ入ることがあります。

*二宮翁夜話・・・二宮尊徳の門人福住正兄(ふくずみまさえ)が,師の身辺で暮らした4年間に書きとめた《如是我聞録》を整理し,尊徳の言行を記した書。1884‐87年正編5巻刊行。正編には233話,続編(1928)には48話を収める。尊徳の自然,人生,歴史観ならびに報徳思想の実体が,平易に,私心を交えず伝えられた,彼の全貌を知るための手引書である。

二宮翁夜話 巻一 九より引用してご紹介します。

越後国の産(モノ)にて、笠井亀蔵と云者あり、故ありて翁の僕(ボク)たり、翁諭(サト)して曰、 汝は越後の産なり、越後は上国と聞けり、 如何(イカ)なれば上国を去(サリ)て、他国に来れるや、亀蔵曰、上国にあらず、田畑高価にして、田徳少し、江戸は大都会なれば、金を得(ウ)る容易(タヤス)からんと思ふて江戸に出づと、 翁曰、 汝過(アヤマ)てり、 夫 (それ)越後は土地沃饒(ヨクジヤウ)なるが故に、食物多し、食物多きが故に、人員多し、人員多きが故に、田畑高価なり、田畑高価なるが故に、薄利なり、然るを田徳少しと云ふ、少きにあらず、田徳の多きなり、田徳多く土徳(ドトク)尊きが故に、田畑高価なるを下国と見て生国を捨(すて)、 他邦に流浪するは、大なる過ちなり、  過ちとしらば、速(スミヤカ)にその過ちを改めて、帰国すべし、越後にひとしき上国は他に少し、然るを下國と見しは過ちなり、

・・・(筆者現代語訳)

越後国(佐渡島を除く、新潟県全域に相当)出身の笠井亀蔵という者が在り、事情があって翁(二宮尊徳)(おきな:老人の敬称)の下僕(げぼく:召使い、下男)をしておりました。翁が諭して仰るには、

「汝(お前)は越後の出身で、越後は上国(近世、石高の大きな藩、格の高い藩)と聞いている。何故に上国を去って、他国に来たのか。」

亀蔵が言うには、

「上国ではありません。田畑は高価にして、田徳(田の恵、富)は少ないのです。江戸は大都会なので、金を稼ぐには容易であろうと思って、江戸に出て参りました。」

翁が仰るには、

「お前は過っている。其れ越後は土地が沃饒(よくじょう:田畑が肥沃、土地が肥えていて作物がよく採れること)である為に、食物が豊富である。食物が豊富である為に、住む人が多い。住人(人口)が多い為に田畑が高価である。田畑が高価である為に、薄利(利益が少ないこと)であると。然る(そうであること)を、田徳(田の恵、富)が少ないという。(ところが)少なくはなく、田徳は多いのである。田徳は多く土徳(土地の恵み・有難み)は尊いが故に、田畑が高価であることを下国(近世、石高の小さな藩、格の低い藩)と見て、生まれた国を捨て他の邦(くに)を流浪するのは、大いなる過ちである。過ちを悟ったならば、速やかにその過ちを改めて、国に帰るべきである。越後に相当するような上国は他に少しあるだけである。そうであるのに、下国であると見るのは過ちである。」

是を今日、暑気の時節に譬へば、蚯蚓(ミヽズ)土中の炎熱に堪兼(タヘカネ)て、土中甚(ハナハダ)熱し、土中の外に出(いで)なば涼しき処あるべし、土中に居るは愚(グ)なりと考へ、地上に出(いで)て照り付られ死するに同じ、夫(それ)蚯蚓は土中に居るべき性質にして、土中に居るが天の分なり、 然れば何程熱(アツ)しとも、外を願はず、我本性に随ひ、土中に潜みさへすれば無事安穏なるに、 心得違ひして、地上に出(いで)たるが運のつき、迷(マヨヒ)より禍を招きしなり、

・・・これを昨今の暑気の時節(真夏の時期)に喩えれば、蚯蚓(ミミズ)が土中の炎熱(燃えるような暑さ)に耐え兼ねて、土中の甚だしく熱していることから、土中の外に出ていけば涼しいところがあるだろうし、土中に居残るのは愚かであると考え、地上に出て日に照り付けられて死んでしまうことと同じである。そもそも蚯蚓は土中に居るべき性質であるし、土中に居るのが天分(生まれつきの性質)である。然れば(そうであるならば)どれ程熱くても、外に出ることを願わず、自分の本性に従って、土中に潜んでさえいれば無事で安穏な(暮らしができる)のに、心得違い(間違った考え)をして地上に出てしまったら運の尽きである。迷いによって禍(災い)を招いてしまうことになる。

夫(それ)  汝もその如く、越後の上国に生れ、 田徳少し、 江戸に出(いで)なば、 金を得る事いと易からんと、思ひ違ひ、自国を捨(すて)たるが迷の元にして、みづから災を招きしなり、 然れば、今日過ちを改めて速(スミヤカ)に国に帰り、小を積んで大をなすの道を、勤(ツトム)るの外あるべからず、心誠に爰(コヽ)に至らば、おのづから、安堵の地を得る必定なり、 猶(ナホ)迷(まよい)て江戸に流浪せば、詰(ツマ)りは蚯蚓の、土中をはなれて地上に出(いで)たると同じかるべし、 能(よく)此理を悟り過を悔ひ能(よく)改めて、安堵の地を求めよ、 然らざれば今千金を与ふるとも、無益なるべし、我(わが)言ふ所必ず違(タガ)はじ

・・・「それ汝も同様に、越後という上国に生まれ、田徳が少ないので江戸に出れば、金を得ることは非常に容易いのではないかと、思い違いをし、自分の国(故郷)を捨てたのが迷いの元であり、自ら災いを招いてしまっている。そうであるならば、今過ちを改めて速やかに国元に帰り、小を積んで大を為す道に精進する外はない。心素直にこの心持ちに至れば、自然に安堵(あんど:安心する、心が落ち着くこと)の地(場所)を得ることが必ず出来る。猶(なお:まだ)迷ったまま江戸を流浪(さまよい歩くこと)するならば、鯔(トド)の詰まり(物事の行き着くところ)、蚯蚓が土中を離れて地上に出てくることと同様である。能く(手落ちなく)この理屈を悟り、禍を悔いて能く(上手に)改めて、安堵の地(安心して住むことができる土地)を求めなさい。然らざれば(そうでなければ)、今千金(多額の金銭)を与えても、無益(無駄なこと)なこととなってしまう。私が申し述べることは、必ず違う(たがう:一致しない)ことはない。

映画「二宮金次郎」https://ninomiyakinjirou.com

・・・二宮尊徳の具体的でわかりやすい話は時代を超えて説得力があります。

また、長い人類の歴史の中で、様々な警句(奇抜な表現で、巧みに鋭く真理を述べた短い言葉)があります。

The grass is always greener on the other side of the fence.(隣の芝生は青い)

The darkest place is under the candlestick.(最も暗い場所はろうそく立ての下である)

The nearer the church, the farther from God.(教会に近ければ近いほど、それだけ神から遠くなる)

 

月別アーカイブ

長崎|羅針塾学習塾トップページ
PAGE TOP