文章力と作文教育

作文は得意ですか、苦手ですか。

子供達だけでなく、かって原稿用紙のマス目を埋めるのに苦労されたご父兄もいらっしゃることでしょう。

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室では、幼児さんの頃から語彙を増やしつつ、文章を書く訓練をしています。

そもそも我が国の作文教育については、小・中学校の義務教育において、しっかりと学んで書く力が身についた、という実感を持つ人はいないのではないでしょうか。
また、高校での大学受験に向けての小論文対策などは、それが実社会で有用な文章力を発揮できるか否かという視点ではなく、あくまでも希望の大学へ入るためだけの付け焼き刃的な指導にしか過ぎません。

結局のところ、作文作成力や文章力を上げるには、個々人の自助努力まかせと言っても過言ではないでしょう。

何らかの目的を持った文章を作成する力は、社会人としてどのような職業に就くにしろ、必ず必要となる基本的なskill(スキル:技能、技術)です。
それにもかかわらず、
我が国の作文教育では、作文の作法を基礎から技術的に指導をしていません。
小学校に上がってから、段階を追って日本語の文法と文章作法を教え、文章を書く目的に合わせて、必要にして十分な語彙の活用を訓練するべきだと考えます。

たまたま以下の論に巡り会いましたのでご紹介します。

「我が国における作文教育の問題点」慶松勝太郎著
http://ci.nii.ac.jp/els/contents110008748843.pdf?id=ART0009823601

筆者の考える、社会において必要な文章 能力・言語能力は以下の如くである。

1 文法的に間違いのない正しい日本語が書 けること。
2 この名詞にはこの動詞を用いる等の日本 語の慣習に従った文章が書けること。
3 簡潔でわかりやすい文章が書けること。
4 事実を事実として感情を交えずに、叙述 できること。
5 論理的文章が書けること。
6 客観的事実と主張、主観の区分が明示で きること。
7 でき得れば、多くの語彙を持ち、さまざ な表現ができること。

また、「作文教育の日米仏の比較 」という項目では、文章力養成のために国柄にあった明確な方針を示して教育をしている点が注目されます。

渡邉雅子の論文に依れば 1874 年にハー バード大学でラテン語の代わりに英語によ るエッセイ(小論文)が始めて入試に組み 入れられ、エッセイを書く能力では特に「正 確さ、明晰さ、簡潔さ」が重視された(渡 邉雅子 2007 年,596 頁)。つまりハイスクー ル卒業までに正確、明晰、簡潔な文章を書 く訓練が要求されたことになる。

 アメリカ では、Language Arts の授業で、「読む」こ とより「書く」ことに重点を置いている。
「アメリカの国語の授業が目指すものは、 さまざまな文章とその書き方を教え、それ らを状況に応じて書き分けられるようにす ること」である。
 例えば、ある小学 5 年生 の教科書では「物語」「詩」「手紙(ビジネ スレターと親密な手紙)「」説明文」「説得文」 「写真エッセイ」「レポート」「インタービ ュー」「広告」「本の紹介」「自伝」「戯曲」 の 12 の異なるジャンルの書き方が紹介さ れている。
各ジャンルに特有の表現、例え ば新聞記事では客観性をもたせるため受身 の形を多く使う、逆に説得するためのエッ セイでは受動態を能動態に書き換えるなど の練習が行われる(渡邉雅子 2007 年、 575-576 頁)。

 渡邉によれば、フランスの国語教育は日 米と異なり、特に初等教育では文法が学習 の中心を占める。

「フランス語(国語)」の 内容は「文法」「動詞の活用」「綴り字」「語 彙」「文学活動(話す、読む、書く)」「詩」 「演劇」の 8 項目に分けられている。
フラ ンス語は数学と並んで、二大重点科目で、 特に「文法」「動詞の活用」「綴り字」など 「書く」ための基本項目は算数とともに集 中力が高まる午前中に指導が行われる(渡 邉雅子 2007 年、576 頁)。

 文法、中でも動 詞の活用、綴り字に重点が置かれるのは、 日本語と違い、人称ごとに動詞の接続が異 なることや、時制の多いこと、またひらが な表記では音と表記が一致する日本語に対 し、スペリングと音の一致がないフランス 語の特徴によるものとも思われるが、「書く 技術向上のためのアメリカの文法教育と異 なり、フランスではあくまで『文法的に正 しい』文を書くことに重点が置かれている」。

  フランスでは「小学校で『正しく』書くこ と、中学校では『美しい文』を書くこと、 高校では『論理的な構造』で書くことと、 段階的な到達目標を掲げている」(渡邉雅子 2007 年、578 頁)。
(小中学校から段階的に 積み上げ)本格的に書く訓練が行われるの は、高校最後のバカロレア準備級になって からである(渡邉雅子 2007 年、607 頁)。

渡邉雅子, “日・米・仏の国語教育を 読み解く“, 『日本研究』, 35, 2007, pp. 573-619.

米国では、
「アメリカの国語の授業が目指すものは、 さまざまな文章とその書き方を教え、それ らを状況に応じて書き分けられるようにす ること
また、
ハイスクー ル卒業までに正確、明晰、簡潔な文章を書 く訓練が要求されること

仏国では、
小学校で『正しく』書くこ と、中学校では『美しい文』を書くこと、 高校では『論理的な構造』で書くことと、 段階的な到達目標を掲げている」

これに比し、我が国の国語教育では、明確で具体的な作文教育の目標や目的が明示され、年齢に応じた到達目標が設定されているのでしょうか。

posted by at 14:32  |  塾長blog

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