教科書に載らない歴史上の事実 1 終戦の詔勅と長崎の原爆忌

長崎市五島町の羅針塾 学習塾・幼児教室では、正しい日本語や歴史を学ぶ国語力をつけるべきと考えています。我が国では、長い歴史の中で様々な名著.名作が創られてきましたが、現在教えられている国語教育では多くの人がそれらを読解することが難しいほどです。

昭和二十年八月九日十一時二分、長崎の空に原爆が投下されました。八月三日の廣島への原爆投下と同様、戦時国際法(Law of War)に反する、明らかな米国の戦争犯罪です。戦後七十二年経過し、先の大東亜戦争並びに第二次世界大戦の歴史の真実も明らかにされてきていますが、私達日本人が何故戦争が行われるようになったのかを、歴史教育の中で教えられていません。また、どのような経緯で日本が終戦に至ったかも同様です。

そこで、本来は開戦の詔勅(米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書)からご紹介すべきですが、終戦の詔勅を先にご紹介いたします。

終戦の詔勅

 

大東亜戦争終結ニ関スル詔勅

朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ收拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク

朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

抑ゝ帝國臣民ノ康寧ヲ圖リ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所
曩ニ米英二國ニ宣戰セル所以モ亦實ニ帝國ノ自存ト東亞ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他國ノ主權ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス
然ルニ交戰已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海將兵ノ勇戰朕カ百僚有司ノ勵精朕カ一億衆庶ノ奉公各ゝ最善ヲ盡セルニ拘ラス戰局必スシモ好轉セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス
加之敵ハ新ニ殘虐ナル爆彈ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ慘害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル
而モ尚交戰ヲ繼續セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ
斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ
是レ朕カ帝國政府ヲシテ共同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ
朕ハ帝國ト共ニ終始東亞ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ對シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス
帝國臣民ニシテ戰陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内爲ニ裂ク
且戰傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ
惟フニ今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス
爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス
朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ
若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム
宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ
爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ

御名御璽

昭和二十年八月十四日

各国務大臣副署

以上が、旧漢字仮名遣の原文です。これを違えずに読み、意味を理解できる戦後生まれの方がどれくらいいるでしょうか。逆に言いますと、戦前の教育では、多くの国民が読める様に教育を施されていたと言えます。

以下に、振りがな付きの読み下し文を記します。

大東亜戦争終結ニ関スル詔勅 

(*詔勅とは、天皇陛下の意思を表示する文書の総称。詔書(臨時の大事に発せられた天皇陛下のお言葉を書いて下した文書)、勅書(天皇陛下の勅命を下達する文書)など。)

 朕(ちん)深く世界の大勢(たいせい)と帝国の現状とに鑑(かんが)み、非常の措置(そち)を以(もっ)て時局を収拾せむと欲(ほっ)し、茲(ここ)に忠良(ちゅうりょう)なる爾(なんじ)臣民(しんみん)に告ぐ。

朕は帝国政府をして米英支蘇(べい、えい、し、そ)四国(よんこく)に対し其(そ)の共同宣言を受諾(じゅだく)する旨(むね)通告せしめたり。

抑々(そもそも)帝国臣民の康寧(こうねい)を図(はか)り、万邦(ばんぽう)共栄の楽(たのしみ)を偕(とも)にするは、皇祖(こうそ)皇宗(こうそう)の遣範(いはん)にして、朕の拳々(けんけん)措おかざる所。

曩(さき)に米英二国(にこく)に宣戦せる所以(ゆえん)も、亦(また)実に帝国の自存(じそん)と東亜の安定とを庶幾(しょき)するに出(い)で、他国の主権を排(はい)し、領土を侵(おか)すが如(ごと)きは、固(もと)より朕が志(こころざし)にあらず。

然(しかる)に、交戦已(すで)に四歳(よんさい)を閲(けみ)し、朕が陸海将兵の勇戦(ゆうせん)、朕が百僚(ひゃくりょう)有司(ゆうし)の励精(れいせい)、朕が一億衆庶(しゅうしょ)の奉公(ほうこう)、各々最善を尽つくせるに拘(かかわ)らず、戦局必ずしも好転せず。

世界の大勢(たいせい)、亦(また)我に利(り)あらず。

加之(しかのみならず)、敵は新(あらた)に残虐なる爆弾を使用して、頻(しきり)に無辜(むこ)を殺傷(さっしょう)し、惨害(さんがい)の及ぶ所、真(まこと)に測(はか)るべからざるに至る。

而(しか)も尚(なお)交戦を継続せむか、終ついに我が民族の滅亡を招来(しょうらい)するのみならず、延(ひい)て人類の文明をも破却(はきゃく)すべし。

斯(かく)の如(ごと)くむは、朕何を以(もっ)てか億兆の赤子(せきし)を保(ほ)し、皇祖(こうそ)皇宗(こうそう)の神霊(しんれい)に謝(しゃ)せむや。

是(これ)朕が帝国政府をして共同宣言に応(おう)せしむるに至れる所以(ゆえん)なり。

朕は帝国と共に終始(しゅうし)東亜の解放に協力せる諸盟邦(しょめいほう)に対し、遺憾(いかん)の意を表(ひょう)せざるを得ず。

帝国臣民にして、戦陣に死し、職域(しょくいき)に殉(じゅん)し、非命(ひめい)に斃(たお)れたる者、及(および)其(その)遺族に想(おもい)を致せば、五内(ごだい)為(ため)に裂(さ)く。

且(かつ)戦傷(せんしょう)を負(お)い、災禍(さいか)を蒙(こうむ)り、家業(かぎょう)を失いたる者の厚生に至りては、朕の深く軫念(しんねん)する所なり。

惟(おもう)に、今後帝国の受くべき苦難は固(もと)より尋常(じんじょう)にあらず。

爾(なんじ)臣民(しんみん)の衷情(ちゅうじょう)も、朕善(よ)く之(これ)を知る。

然(しか)れども、朕は時運(じうん)の趨(おもむ)く所、堪(たえ)難(がた)きを堪え、忍(しのび)難きを忍び、以(もっ)て万世(ばんせい)の為(ため)に太平(たいへい)を開かむと欲す。

朕は茲(ここ)に国体を護持(ごじ)し得て、忠良なる爾(なんじ)臣民の赤誠(せきせい)に信倚(しんい)し、常に爾(なんじ)臣民と共に在(あ)り。

若(も)し夫(そ)れ情(じょう)の激(げき)する所、濫(みだり)に事端(じたん)を滋(しげく)し、或は同胞排儕(はいせい)互に時局を乱(みだ)り、為(ため)に大道(たいどう)を誤り、信義を世界に失(うしな)うが如(ごと)きは、朕最(もっと)も之(これ)を戒(いま)しむ。

宜(よろ)しく挙国(きょこく)一家(いっか)子孫相伝(あいつた)え、確(かた)く神州(しんしゅう)の不滅を信じ、任(にん)重くして道(みち)遠きを念(おも)い、総力を将来の建設に傾け、道義を篤(あつく)し、志操(しそう)を鞏(かたく)し、誓(ちか)って国体の精華(せいか)を発揚(はつよう)し、世界の進運(しんうん)に後(おく)れざらむことを期(き)すべし。

爾(なんじ)臣民、其(そ)れ克(よ)く朕が意(い)を体(たい)せよ。

<現代語訳>

 朕深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑み、非常の措置を以て時局を収拾しようと思い、ここに忠良なる汝(なんじ)ら帝国国民に告ぐ。

 朕は帝国政府をして米英支ソ四国に対し、その共同宣言(ポツダム宣言)を受諾することを通告させたのである。

 そもそも帝国国民の健全を図り、万邦共栄の楽しみを共にするは、天照大神、神武天皇はじめ歴代天皇が遺された範であり、朕は常々心掛けている。先に米英二国に宣戦した理由もまた、実に帝国の自存と東亜の安定とを切に願うことから出たもので、他国の主権を否定して領土を侵すようなことはもとより朕の志にあらず。しかるに交戦すでに四年を経ており、朕が陸海将兵の勇戦、朕が官僚官吏の精勤、朕が一億国民の奉公、それぞれ最善を尽くすにかかわらず、戦局は必ずしも好転せず世界の大勢もまた我に有利ではない。こればかりか、敵は新たに残虐な爆弾を使用して、多くの罪なき民を殺傷しており、惨害どこまで及ぶかは実に測り知れない事態となった。しかもなお交戦を続けるというのか。それは我が民族の滅亡をきたすのみならず、ひいては人類の文明をも破滅させるはずである。そうなってしまえば朕はどのようにして一億国民の子孫を保ち、皇祖・皇宗の神霊に詫びるのか。これが帝国政府をして共同宣言に応じさせるに至ったゆえんである。

 朕は帝国と共に終始東亜の解放に協力した同盟諸国に対し、遺憾の意を表せざるを得ない。帝国国民には戦陣に散り、職場に殉じ、戦災に斃れた者及びその遺族に想いを致せば、それだけで五内(ごだい)(玉音は「ごない」。五臓)引き裂かれる。且つまた戦傷を負い、戦災を被り、家も仕事も失ってしまった者へどう手を差し伸べるかに至っては、朕が深く心痛むところである。思慮するに、帝国が今後受けなくてなたない苦難は当然のこと尋常ではない。汝ら国民の衷心も朕はよく理解している。しかしながら朕は時運がこうなったからには堪えがたきを堪え忍びがたきを忍び、子々孫々のために太平を拓くことを願う。

 朕は今、国としての日本を護持することができ、忠良な汝ら国民のひたすらなる誠意に信拠し、常に汝ら国民と共にいる。もし感情の激するままみだりに事を起こし、あるいは同胞を陥れて互いに時局を乱し、ために大道を踏み誤り、世界に対し信義を失うことは、朕が最も戒めるところである。よろしく国を挙げて一家となり皆で子孫をつなぎ、固く神州日本の不滅を信じ、担う使命は重く進む道程の遠いことを覚悟し、総力を将来の建設に傾け、道義を大切に志操堅固にして、日本の光栄なる真髄を発揚し、世界の進歩発展に後れぬよう心に期すべし。汝ら国民よ、朕が真意をよく汲み全身全霊で受け止めよ。

御署名(裕仁) 御印(天皇御璽)
 詔勅の文中にある以下の部分が、米国の原爆投下という戦争犯罪を指摘しています。
  加之(しかのみならず)、敵は新(あらた)に残虐なる爆弾を使用して、頻(しきり)に無辜(むこ)を殺傷(さっしょう)し、惨害(さんがい)の及ぶ所、真(まこと)に測(はか)るべからざるに至る。
(こればかりか、敵は新たに残虐な爆弾を使用して、多くの罪なき民を殺傷しており、惨害どこまで及ぶかは実に測り知れない事態となった。)
 当ブログでは、教科書に載らない歴史上の人物についても、少しずつ記載していきますが、同様に、教科書に載らない歴史的事件についても取り上げていきたいと考えます。
posted by at 13:04  |  塾長blog

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