‘ 英語力ブログ ’ カテゴリー

三歳から始める幼児教育

幼児教室・学習塾の羅針塾では、幼児の学びは「読み」から始まります。

落語の師匠からお弟子さんが「口伝」(くでん:口伝え)で、噺(はなし)を覚えていくように、基本は覚えるまで繰り返していきます。

さて、

ご紹介するのは、たまたま手に入った画像。米国フロリダ州のとある幼稚園の教材です。

9月から始まった幼稚園1日目の運筆(うんぴつ:鉛筆の動かし方)プリント。3歳3ヶ月の幼児さんの書き始め。家庭での学びと異なり、同年齢の子供達と並んで、先生の指示に従います。

指示:キャンディが最も多い列の絵に色を塗りなさい。

 

それぞれの文字をなぞりなさい。1からはじめ、数字の順番通りに従いなさい。矢印に注意を払いなさい。

 

海外駐在の家庭の子供さん達は、母語である日本語の国語の「読み」「書き」を家庭で学びながら、現地の幼稚園や小学校に通います。米国であれば英語の指示に従って学びます。よく言えば、bilingual(バイリンガル:状況に応じて二つの言語を使う能力)になる可能性がありますが、母語である日本語教育が疎かになるようでは、どっちつかずとなります。

その為、帰国したときの教育格差に愕然としない工夫が要ります。

小学校英単語700〜800語ー中学進学時に覚えていることが前提

幼児教室・学習塾の羅針塾では、「暗記しなければならない」ではなくて、「暗記するのが当たり前」になる様に塾生を指導しています。

つまり、音読を徹底するとともに、筆記することに日常的に取り組みながら、進度・理解に応じて、自然と暗記できる様になって欲しいと考えています。特に、漢字・英単語の暗記は学力向上の要と考えるからです。

然るに、現在の教育界の風潮は、かっての大学の受験地獄と言われた暗記中心の勉強を忌避し、小学校で暗記することを習慣づけることをしません。

例えば、小学校英語の覚えておくべき単語数は700〜800語。これを4.5.6年生の数年間、週2時間の学習で身につけなければならない、とされています。ところが、実際の教育現場では、会話中心の授業に終始し、子供さん達には、何を習ったのかを再現できない様な状況が起きています。

問題の根は、深い。

日本の子供達にとっては、英語のアルファベットを習いローマ字を習得し(但し、ヘボン式ではない)、それから英単語を覚えていく、というのが従来のプロセスです。

ところが、

現在の文科省は、「児童生徒に身に付けさせたい情報活用能力」として

文字入力に関しては,学習指導要領解説の「国語編」に4年から3年生にローマ字の指導が変更になった理由として「コンピュータを使う機会が増え」と書かれていることからも,3年生からローマ字による正しい指使いでの文字入力(タッチタイプ)の指導を行うものとする。https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/056/shiryo/attach/1249670.htm

として、コンピュータのキーボード上でローマ字を書くことを奨励しています。

これでは、英語を手書きですることなく学ばせようという愚策を実践させようとしている、と断言出来ます。

覚えるべきときに、手を用いて繰り返すことで、英単語を習得するのが本来の在り方です。

況(いわ)んや、英語はアルファベット26文字の組み合わせですから、呪文の様に言いながらスペルを覚えていかざるを得ません。

よく言われるネィティブ(native)の発音通りで綴ると、正しいスペルは日本人は書けません。

 

笑い話ですが、

筆者の大学受験時代に学んだ先生のお話です。

ある英語の先生が研修旅行でアメリカに行ったとき、ニューヨーク駅の切符売り場で汽車の切符を買おうとしました。目的地の「フィラデルフィア」と英語教師らしく発音すると、何回言っても通じないので困ってしまわれたそうです。後ろには切符を買う人がたくさん並んで居る。気は急くが通じない。

ご本人曰く、最後に痺れを切らして、

「古道具屋(フル ドウグヤ)!!」

と叫んだら、

「 O.K.  Philadelphia」

と切符をくれたそうです。・・・因みに、不謹慎ですがこの先生の英文法の授業で今も唯一覚えている英語の話です。

 

・・・話は脱線しましたが、

正しい英単語や英文は、愚直に発音しながら、筆記体で書くことです。

覚えるまで!!!

 

結局、

五歳前後から飛躍的に記憶力が伸びる小学校三年生(十歳頃)迄に、所謂「読み・書き・算盤」の基本をシッカリ身につけることが出来れば、無理なく学力の向上を図ることが出来ます。英語も同様です。

また、英語に限らず、フランス語、スペイン語、ドイツ語など、語学を身につけるには、読み・書きを覚えるまで繰り返すことにつきます。

小学校英語教育と英文法2

幼児教室・学習塾の羅針塾では、塾生それぞれの力に応じて学年を超えて学ぶ力をつけていきたいと考えています。

従って、同学年での一斉授業は致しません。

何故なら、一定のラインで授業をすれば、そのライン以上の力を持つ子供さんは物足らなさを感じ、そのライン以下の力の子供さんは解らないということになります。

それぞれに応じた適切な「学び」は、「学び」の悦びにつながります。

さて、

渡部昇一上智大学名誉教授(専攻英語文法史。英語学者、歴史家、評論家)が『秘術としての文法』(講談社学術文庫1988)から、

小学校英語教育と英文法1

と重複する部分もありますが・・・

英文法に対する私の尊敬心の基となっているそれは、日本語から何らの類推をも許されない異質の言語である英語を、ゼロから出発して二年後にはちゃんとしたものを読めるようにし、手紙程度の英語をかけるようにしてくれたのは他ならぬ英文法であった。

・・・このお話は、筆者も中学一年生の時に習った女性教諭(中尾先生)から英語の手解きを受けた印象に近いものです。中学校から英語を始めるので十分であるというのは、筆者の公立中学生時の英語担当の先生方が一所懸命に教えてくださったことが原点としてあります。英文法の授業の黒板に数回消しては書き加えるご説明は、ノートのページがみるみる埋まるほどでした。筆記体で書くのも当然です。

私の体験から言っても、文法は誠に魔法であった。母国語は何となく覚えたので神秘感を持つことはなかったが、つい一〜二年までチンプンカンプンであった横文字の本が文法にしたがって文脈を追っていくと、明晰な意味が現出してくるということは何とも不思議な経験であった。

・・・更に、渡辺先生は述べられます。

つまり、こういう文法学(文献学)は、時空を超越した精神の世界を啓示してくれる、まさに秘技的な技術なのである。

文法の翼に乗って我々は空間的にギリシャに飛び、時間的には二千数百年タイムマシーンを逆転させ、プラトンやアリストテレスが、さながら眼前にあるがごとくに対話をすることができるのである。

これが魔術ではなくて、一体何が魔術の名に値するであろうか。

私が中学の最後の年にベーコンを読んだ体験は、規模こそとるに足りぬささやかなものであったにせよ、この魔法の世界を垣間見たことであったのだ。

東北の田舎の中学生が、エリザベス期のイギリスの大法官である学者と対面したのだから。

 

・・・渡部昇一先生が「読めなかったものが読めるようになる伝家の宝刀」が英文法である、と言っておられます。

若かりし頃の渡部昇一先生が論述されたのが、ドイツの大学の学位論文「初期近代英語文法の中世ラテン文法への依存的関係の研究」です。

この出発点が「中学の最後の年にベーコンを読んだ体験」であり、渡部昇一先生の一生のお仕事になる英語との関わりです。

posted by at 15:23  | 塾長ブログ, 英語力ブログ

小学校英語教育と英文法1

幼児教室・学習塾の羅針塾では英語を学ぶ以上、塾生は英語文法、筆記体プラス英単語暗記は当然のこととして取り組みます。

小学校英語が導入されてから、教室で「聞く」「話す」は英語で行っているようですが、「読む」「書く」は重視されていないように思います。国・公・私立の学校によって英語の指導内容は様々です。

ところで、

海外留学、海外勤務したり、英語に堪能な人ほど、小学校英語には疑問を呈します。それよりも、しっかり母国語である国語力をまず身につけるべきである、という理由からです。

さて、

渡部昇一上智大学名誉教授(専攻英語文法史。英語学者、歴史家、評論家)が『秘術としての文法』(講談社学術文庫1988)の中で、概略以下のことを述べられています。

・私の英語の力は終戦当時、ほぼゼロであると言ってよい。

・それから二年たったらどうなっていたか。私はベーコンのエッセイを精読していたが、よく解ったことを覚えている。

・学校の勉強のほかにも『宝島』を独力で読み上げた。そして私の友達にも原書に手を出す者が何人かいた。

・この体験から私は次の結論を引き出す。
「15、6才の学生に、文法書と辞書を与えて適当な指導を与えれば、二、三年後には英米の読書階級が読むような本でも正確に読むようにすることができる」と。

・もちろんすベての生徒がそういう風にはならないだろうが。

・私の体験から言っても、「文法」はまことに「魔法」であった。

・母国語は何となく覚えたので、神秘感を持つことがなかったが、つい一、二年前までチンプンカンプンであった横文字の本が文法に従って文脈を追って行くと明晰な意味を現出してくるということは、何とも不思議な感じであった。

・そしてこれは私一人だけの体験だけでもなく、クラスで出来る方の連中、つまり何とか受験程度の英語をマスターした連中で英文法ぎらいの人間はいなかったように思う。

・つまり私の頃の中学や高校では「文法」という「魔法」をマスターしたものだけが出来る生徒であり、難かしいと言われる大学に進学した。

・いつか私の大学の言語学の時間に、「いわゆる受験英文法をマスターしそこなった人間の知性は信用しがたい」というようなことを言ったら拍手が起った。

・それは英語・英文学の専攻者のクラスであったから、みんな受験英文法は一応マスターしているので、それは当然の反応であった。

・もちろんこういう言い方には誇張はあるけれども、学生たちが、受験英文法によって新しい知性が開けたという体験を、それぞれ自覚の鋭さの相違はあれ、みんな持っているらしいことは確かである。

 

・・・現在の中学、高校生にとって、英語嫌いの理由は、

英文法をシッカリ身につけないことが根本的な原因です。

何故か?

彼等の知的好奇心を刺激するものが、一般的な英語の受験勉強にはないからです。

渡部昇一先生が中学生当時(現在の高校一年生相当)、英語の先生からフランシス・ベイコン(1561〜1626 英国の哲学者)の「随筆集」を読むように勧められたように、知的意欲がある少年に適切な英語の原書を勧めてみると、それに挑戦してみようと思うのではないでしょうか。

 

posted by at 14:32  | 塾長ブログ, 英語力ブログ

英会話からビジネス英語へ

幼児教室・学習塾の羅針塾では、小学生の英語を指導する際にも、「読み」「書き」ができるのは当然であると考えています。

さて、「週1回の英会話教室通い、英語が話せる様になるまで何年かかるか?」

https://news.yahoo.co.jp/articles/03cd5b49728d23beb7173d04c209f23688e830e1

という記事が目につきましたので、内容の一部をご紹介します(詳細は、上記記事へのリンクをご参照ください)。

当該記事は、

一般的な日本の英語学習を受けてきた人が、ビジネスにおいて口頭による英語を使ったコミュニケーションが最低限できるレベルになるためには、平均で1000時間が必要です。

子供達が通う英会話教室ではなく、すでに社会人として改めてビジネス英語会話を学ぶ例として具体的事例に沿って述べてあります。

英会話教室でのレッスンを毎週1回、1コマ1時間と仮定し、お盆と正月だけは休むとすると、1年間で50時間、英語学習をすることになります。3年間通っているとのことですから、これまで150時間の学習をしてきたことになります。しかし、それでは圧倒的に学習時間が不足しています。

 

更に、米国務省の付属機関で、外交官などを養成するFOREIGN SERVICE INSTITUTEの研究結果も合わせて説明します。

この研究によれば、日本語は、「Super-hard languages」とランクされており、一般的な米国人の成人が日本語を習得するには2200時間の教室での学習が必要とされています。米国のトップレベルの人が最高レベルの学習プログラムを受講してこれほどかかるのです。日本人が中学・高校で学習指導要領に決められた通りに1000時間前後学んでも英語が話せないことは、当然とも言えます。

 

また、留学や海外駐在経験のある方のお話などでは、一般的に「リスニングに半年、話せる様になるには1年」と聞くことが多い様です。一般に人間が1日に会話する時間は2~3時間といわれていますから、1年でほぼ1000時間になります。

 

・・・「日本人が中学・高校で学習指導要領に決められた通りに1000時間前後学んでも英語が話せないことは、当然と明言される様に、日本の文部科学省の英語教育に対する考え方にチグハグ感があります。また、英語に限らず、国語教育や社会科目・理科科目などの教科書の内容やレベルにも問題があると考えます。

結局、何事も学習するには、習得する為には「必要な時間」があり、その為にはコツコツ学習し続けなければなりません。

 

 

posted by at 17:05  | 塾長ブログ, 英語力ブログ
さらに記事を表示する

月別アーカイブ

長崎|羅針塾学習塾トップページ

羅針塾 SNS

  • Facebook
  • Instagram
  • Twitter
PAGE TOP