子弟教育 松陰先生の言葉1

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室 羅針塾 http://rashinjyuku.com/wp では、教育の基本は、日本の先人から学ぶことであると考えています。日本の長い歴史の中で、多くの聖賢(聖人と賢人)が多くの著作を残していますが、現在の教育の中でそれらを学ぶことは極めて少ないのが実情です。

教育談義をよくするY氏から、素晴らしい小冊子を頂きました。

一般社団法人 萩ものがたり出版の「萩ものがたり」vol.5 「松陰先生のことばーいまに伝わる志」(萩市立明倫小学校監修)からのご紹介です。

山口県萩市江向の萩市立明倫小学校では昭和五十六年から「松陰先生のことば」をその教育に取り入れています。毎朝、各教室から松陰遺著の一節を朗唱する元気な声が聞こえてくるそうです。言葉は学年ごと、学期ごとに変わり、六年間在学すれば計十八の「松陰先生のことば」を朗唱するわけです。

「松陰先生のことばーいまに伝わる志」P.8  一年生一学期

『今日よりぞ 幼心を打ち捨てて 人と成りにし 道を踏めかし』

ーーー 今までは、親にすがり甘えていたが、小学生となった今日からは、自分のことは自分でし、友達と仲良くしよう。(全集第六巻P70「松陰詩稿」彦介の元服を祝す 松陰読本P78)

 「松陰詩稿」の「乙卯稿(安政二年・一八五五)に収められた「彦介の元服を祝す」より。同年一月十一日、松陰二十六歳の時のことば。

 これを贈られた玉木彦介は松陰の従弟(叔父玉木文之進の嗣子)にあたる。松陰は彦介の教育に心を配り、たとえば嘉永四年(一八五一)、江戸から文之進にあてた手紙で「武士は壮健にそだち申さず候ては物前の用に立たざるは勿論なり。尚ほ亦十余歳に成り候ては根気強く物に堪へ候様の修行肝要に存じ奉り候」とのアドバイスを記す。あるいは彦介にも野山獄中から「従弟玉木彦介に与ふる書」「士規七則」などを送っている。のち、彦介は御楯隊斥候を務めるも慶応元年(一八六五)一月二十日、藩内戦で戦死した。享年二十五。

・・・以前のブログでご紹介しましたが、佐賀県多久市では江戸時代から孔子廟を祀っていることもあり、「論語」を小学校で朗唱しています。

江戸時代、多久氏によって治められていた多久領は、鍋島氏の諸政策により、財政的に恵まれず、領民の心は荒んでいたといわれています。そんな時、多久家四代を継いだ多久茂文は、多久領を治めるためには教育が必要と考え、学校と孔子像を安置する聖廟の建設をしました。その文化的な流れを現在の小学校教育に生かしています。

やはり、江戸時代に藩ごとに子弟教育をしてきた歴史を持つ市町村では、教育に芯が通っているように思います。殊更に「いじめ」」をしてはいけないと道徳の授業で繰り返す前に、先人の成した事績を教材にすべきであると思うのですが。

 

posted by at 09:02  |  塾長blog

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