貝原益軒の説く「幼児教育」其の七

長崎市五島町の羅針塾 学習塾・幼児教室では、常々、歳時記(一年中の行事やおりおりの風物などを季節や月順に列挙し解説を加えたもの)などで季節感を養うことを勧めています。作文を書く際には、目に鮮やかに浮かぶよう季節や情景がわかる文章を書けるようになって欲しいものです。

さて、
岩波文庫版の「和俗童子訓」に、
「礼は天地の常」「人と交わるに温恭の心構え」という注釈のついた項目があります。

川原慶賀の「日本」画帳 掲載 長崎の「正月」

<読み下し文>

貝原益軒先生の「和俗童子訓」。
江戸時代の子を持つ親に向けて分かり易く説いています。

「礼は天地の常」

 礼は天地のつねにして、人の則(のり)也。
則(すなわ)ち人の作法を言へり。
礼なければ、人間の作法にあらず。禽獣に同じ。
故に幼(いとけなき)より 、礼をつつしみて守るべし。
人のわざ、事ごとに皆礼あり。
よろづの事、礼あれば、すじめ(筋目)よくして行はれやすく、心も亦さだまりてやすし。
礼なければ、すじめたがひ、乱れて行はれず、心も亦やすからず。
故に、礼は行わずんばあるべからず。小児の時より和礼の法にしたがひて、立ち居ふるまひ、飲食、酒茶の礼、拝礼などおしゆべし。

<現代語訳>

・・・礼(社会生活をする上で、円滑な人間関係や秩序を維持するために必要な倫理的規範)は、天地(天と地、世界)の常(世の中の理(ことわり)、ならわし)であり、人の則(のり=手本として従う規範、基準)である。

即ち(言い換えれば)、人の作法(礼にかなった立ち居振舞い。物事を行う方法)のことである。
礼がなければ、人間の作法ではない。禽獣(鳥や獣)と同じである。
故に、幼い時より、礼を慎んで(過ちの無いように行動を控えめにし)守るべきである。
人のわざ(務めとしてする事、振舞い)には、事ごと(生じた事柄、出来事)すべてに礼がある。
万事(あらゆること)、礼があれば、筋目(物事の道理)通りにうまく行われやすいし、心もまた安定しやすい。
礼がなければ、筋目(物事の道理)に齟齬(そご=くいちがい)が生じ、混乱して行えず、心もまた不安定となる。
故に、礼を行わないということはあるべきではない。
小児の時より和礼(日本の礼)の法(やり方、方法)にしたがって、立ち居振舞い(日常の行動や動作)、飲食、酒茶の礼(日常の飲食や、喫茶の接待や宴席の際の礼法)、拝礼(頭を下げて礼をすること)などを指導すべきである。

「人と交わるに温恭の心構え」

<読み下し文>

  志(こころざし)は虚邪(いつわり・よこしま)なく、言(ことば)は忠信(まこと)にして偽(いつわり)なく、又、非礼の事、いやしき事をいはず、貌(かたち)の威儀をただしく慎む事を教ゆべし。
また、諸人に交わるに、温恭(おんきょう)ならしむべし。
温恭は、やはら(柔)かにうやまふ也。是(これ)善を行ふ始(はじめ)也。
心あらきは、温にあらず。無礼なるは、恭にあらず。
己を是(ぜ)とし、人を非(ひ)として、あなどる事を、かたく戒(いまし)むべし。
高位なりとて、我をたかぶる事なかれ。高き人は、人にへりくだるを以って、道とする事を、教ゆべし。
氣随(きずい)にして、わがままなる事を早く戒むべし。
かりそめにも人をそしり、わが身におごらしむる事なかれ。
常にかやうの事を、早く教(おしえ)戒むべし。

<現代語訳>

・・・志(心に決めて目指していること)は、虚(空虚なこと、空っぽ)邪(正しくないこと、心がねじれていること)
なく、言葉は忠信(真心を尽くすこと)であって偽ることなく、また非礼(礼儀に外れること)のことや、いやしいこと
(品がない、慎みがないこと)を言わず、貌(姿かたち)の威儀(挙措動作が礼式にかなっていること)を正しくして慎むことを教えなければならない。
また、諸人(多くの人、いろいろの人)と交わる(交際する)際に、温恭(穏やかで慎しみ深い様)であるようにすべきである。
温恭は、柔和に敬うことである。これは善(道理にかなった善いこと)を行うはじめである。
心が荒い(激しい、乱暴である)ことは、温和(穏やか)ではない。無礼(礼儀に外れること)であることは、恭(つつましい、うやうやしいこと)ではない。
自分を是(正しい)として、他人が非(不正、正しくない)として、侮る(見下げて軽んずる、軽蔑する)ことを、しっかりと戒める(誤りや、失敗をしないよう前もって注意すること)べきである。
高位(高い地位にあること)であるからといって、自分自身がたかぶる(偉そうに振る舞う、尊大な態度をとること)ことがあってはならない。高い地位にあるひとは、他人に対しへりくだる(相手を敬って自分を低くする、謙遜する)ことを以て、道(人の踏み行なうべき道筋、人としてのあり方や生き方)とすることを教えなければならない。
気随(自分の思い通りに振る舞うこと)であり、わがままであることを早く戒めなければならない。
かりそめ(その場限りであること、一時)にも他人をそしり(人を悪く言う、非難する)、わが身におごらしむる(わがままな振舞いをする)ことがあってはならない。
常日頃から、このようなことを、早くから教え戒めておかなくてはならない。

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「戒める」(誤りや、失敗をしないよう前もって注意すること)という言葉を、最近聞く機会がないように感じるのは筆者だけでしょうか。
心が穏やかで落ち着いている時には、人は聞く耳を持ちます。
しかし、
慌てていたり、興奮している時には、聞く耳を持つことは難しいものです。

従って、子供さんに前もって伝えておくべきことは、心が穏やかで落ち着いている時に、浸透させなければなりません。
これも訓練ですから、普段から繰り返しておく必要があります。

その為にも、
礼は天地のつねにして、人の則也*」という文言は至言(物事の本質を言い表した言葉)です。

*礼(社会生活をする上で、円滑な人間関係や秩序を維持するために必要な倫理的規範)は、天地(天と地、世界)の常(世の中の理(ことわり)、ならわし)であり、人の則(のり=手本として従う規範、基準)である。

日本の礼式を幼児から学ばせることが、人格形成に大きな力を与えるのではないでしょうか。

posted by at 15:24  |  塾長blog

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