言葉は知識を刈り入れる道具 カール・ヴィッテの教育法3

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 http://rashinjyuku.com/wp では、かって子供だった現在の大人達が、子供達には機会をつくって、世の中のことを教えるべきだとと考えています。これは子供の親御さんだけで無く、先生方、周りにいる大人達それぞれに言えます。世の中の様々なこと。自然や動植物。地域のこと、国のこと。様々な仕事や国の決まりや法律、社会の仕組み、地域や市町村、日本の歴史等など、枚挙に暇はありません。

さて、

漢字教育で著名な石井勲先生の著書「幼児はみんな天才」に紹介されているカール・ヴィッテの教育法には様々示唆に富むことが記されています。

 例へば、こんな例があります。これは、カール・ヴィッテの父や自身が書いた『カール・ヴィッテの教育』(この本は、今はアメリカのハーバード大学に一冊だけ残ってゐまして、これを読んで実際に実施したハーバード大学関係者の子女に英才が何人も出てゐるさうです。皆、心身共に優れた若者で、将来が楽しみだといふことです。)といふ本の中で書いてゐることです。

 「息子が無遠慮なことを言った時は、私は即座に叱ることをせず、『息子は田舎者ですから、こんなことを言ふのです。どうぞ悪く思はないでください。』などと言っておく。すると息子は、これは悪いことだと悟って、必ず後になってからその理由を質問する。その時初めて『お前の言ったことは本当だ。お父さんもそれを認める。しかしそれを、人の前で言ふことはよくない。お前があんなことを言ったものだから、〇〇さんは恥ずかしがって顔を赤くしたではないか。〇〇さんはお前を可愛がってゐるし、お父さんに遠慮をしてゐるから、黙ってゐたけれども、よほど気を悪くしたに違ひない』といふふうに説明して聞かせ、子供の判断力を傷つけないやうに務める

  かういうことが大切なのであって、子供の教育といふものは、ただ知識を詰め込むだけでは何にもなりません。かういう父親に教育されたからこそ、カール・ヴィッテは当時の人々に尊敬される大学者になったのです。皆さんも、お子さん方に、かういうふうな態度で接し、その持ってゐる可能性を最大に発揮できるやう、やってみていただきたいと思ひます。

 他にカール・ヴィッテの教育で重要な点を二、三挙げますと、次のやうなことです。一つは、子供の質問に丁寧に答へること。普通、子供といふものは、二、三歳ごろから、うるさいほどいろいろな事を尋ねるものです。それをたいていの親はいい加減に答へたり、うるさがったりして、子供の好奇心を育ててやろうとはしないものです。そして、そんなことはいまに学校で教へてくれるからよい、と思ったりしてゐるわけです。ところが、これが大きな間違ひで、子供の能力は、こんなふうにしてゐると、全く成長できずに枯れてしまひます。ところが、カール・ヴィッテの父親は、質問を奨励し、またそれに丁寧に答へました。そして決してごまかしの説明をしませんでした。カールにも解るやうな平易な説明を心掛け、また、自分も知らないやうなことは、「それはお父さんも知らない」と正直に答へて、二人で本を読んだり図書館に行ったりして調べるやうにしました。これは忙しい親にとって決してやさしいことではありません。カール・ヴィッテの父には牧師としての忙しい務めがありましたから、彼にとってもこれは努力の要ることだったでせう。しかし、彼は息子のためといふ信念から、あへてこれをやったのです。そして結果は大いに酬われたのでした。

・・・カール・ヴィッテの父は、正に父親の鏡である、と言えます。一般に、仕事に専心しているお父さん程、家庭に帰るとゆっくり寛ぎたい、と思う人が大半でしょう。しかし、カール・ヴィッテの父は、自ら考えた独自の教育論を検証する為にも、子供の成長を楽しみに日々接する自分自身を律していくのです。子供との会話を楽しみつつ、謂わば日々教育の実験をしていると言っても過言ではないでしょう。

「爪の垢を煎じて飲む」気持ちで、改めて子育ての基本に戻ることも大事です。

posted by at 16:29  |  塾長blog

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