長崎市江戸町にある難関大学・医学部を目指す幼児教室・学習塾 羅針塾では、将来の日本を支える人になる為に、志を持って自ら学んで行く塾生を育てていきたいと考えています。
実際の教育の現場では「教育の劣化」とも言われる現象が起きているのが実情です。その例を具体例を挙げて述べているブログがあります。一部を引用してご紹介します。
「日本の大学が『小学校の算数』を教えなければならない理由」(伊藤乾 作曲家=指揮者 東京大学教授(作曲・指揮・情報詩学研究室/生物統計・
諸悪の根源は昭和二十二年教育基本法
現在の日本の教育は「履修主義」という考え方で構成されており、出席日数が大変重視されます。
授業を受けることが進級・卒業の要件で、部屋にいさえすれば極論、居眠りしていても単位がつく。
これに対して成績は、進級・卒業の要件とはされておらず、仮にどんなに成績が低くても、出席日数に問題がなければ、原則として進級できてしまう。
これを私は冒頭で「穴の開いたバケツ」と表現したのです。
第2次世界大戦後の日本の教育は、基本すべてこの「履修主義」で一貫しているため、小学校を卒業しても四則演算ができない、中学を出たはずなのに英語の1の1も分からない「卒業生」を組織だって量産してきた。
6-3-3で12年間、算数や数学を履修してきたはずなのに2次方程式もよく分からず、三角関数も微積分もちんぷんかんぷん。
中高の6年間、英語を学んできたはずなのに外国人観光客の初歩の質問に答えられなくて普通。
こういう現在の日本国の実態は、穴の開いた教育をしているのだから必然の結果なのです。
いつまで経ってもバケツがいっぱいになるわけがない。
・・・「本来なら小中学校で教えるはずの内容」ができていない学生に対して、丁寧に下の学年の教程を補習する大学があり、そういう努力をしなければならない(ような学生が長年、大勢を占めてきた)大学で定員割れが起きている、という現状は、いわゆるFランク大学と呼ばれる大学の存在です。これは、先の大戦後の米国の占領政策の悪弊の結果とも言えるわけです。
こういう教育にしてしまったのは1947年、いまだGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が日本に「進駐」していた頃に作られた法律の「教育基本法」、つまり占領軍が敗戦国の教育をコントロールするのに導入した骨抜き政策の中心に「履修主義」があったと指摘する必要があります。
「履修主義」の反対は「習得主義」といいます。戦前の日本ではこの「習得主義」の考え方が敷かれていました。
これは文科省のお墨付きもついており、例えばこの資料にもあるように、習得主義を「課程主義」と呼んで、こう明記していました。
「課程主義」とは,義務教育制度における「義務」の完了を認定するに当たり、一定の教育課程の『習得』をもって義務教育は終了したとみなすものである。我が国の明治期から戦前にかけての義務教育はこの課程主義に属しており、例えば,「小学校令」(明治33年)においては、「尋常小学校ノ教科ヲ修了シタルトキヲ以テ就学ノ終期トス」と定められていた。
・・・現在の小学校・中学校の義務教育では、たとえ「九九」を覚えていなくとも、加減乗除の四則の演算ができなくとも、授業時間に座っていさえすれば卒業できるとしています。戦前の「一定の教育課程の『習得』をもって義務教育は終了したとみなす」というのが、子供の将来を見据えた教育的配慮であるべきです。言葉は悪いですが、「粗製濫造」とも言える「履修主義」を改めていかない限り、「大学は出たけれど・・・」実社会で有為の存在として活躍できる人物にはならないのではないでしょうか。