旅立ちの日

今週は、羅針塾の塾生さん旅立ちの時。
涙雨の一日となった火曜日でした。

小学校受験時からの御縁。
先生達はもう親戚の感覚です。
「どうかなあ。」「どうかなあ。」と
思い出話に花を咲かせました。

お母様の影に隠れていた日。
できないと悔し涙を流した日。
試験で緊張するとドキドキした日。
できて楽しかったと
嬉しそうに教えてくれた日。
初めての登校から通塾で疲れた日。
時は経て
家族旅行の話を話してくれた日。
音読を頑張った日。
友人の話を教えてくれた日。
今は、塾長と
世界経済や歴史を話すようになりました。

旅立ちの日が近づくにつれ
先生の涙腺は緩みっぱなし。
この制服も着なくなるんだあ。
この靴で来なくなるね。

お母様の影に隠れていた
幼児さんは立派な少年へと
成長しました。

「ハキハキ!元気!賢い子」

御縁がある場所で「トップ」になる。
そのまま描いた六年間でした。
これは本人の努力もですが
御両親の深い御理解と
御協力があってこそ。

どんな時も
素直に前向きに取り組むことを
続けた結果が一番です。

君が観る未来はどんなものだろうか。
ここからの六年間は「人生」の
ターニングポイントとなる大切な時。
一瞬、一瞬を大事に過ごしてほしいと
思っています。

御卒業おめでとうございます。

posted by at 14:00  | 学習塾・幼児教育

春期講習に向けて面談です。

幼児教室・学習塾 羅針塾
昨日から春期講習へ向けての面談が
始まりました。

お母様から
「幼児さんからお世話になっていますが
小学校へ上がり今年一年は
子供の成長の一年でした。
ありがとうございました。」と
感謝の言葉を頂きました。

「国語力」を磨く学びを
楽しく一所懸命に取り組みました。
語彙力、理解力が上がり
話す会話はしっかりとしています。

話の場面が浮かぶような会話。
よく覚え、理解し、伝えているな。と
感じます。

久しぶりに御夫婦での面談。
お父様の分からないこと。
これから、何を学んでいくのか。
じっくりと話すことができました。
難しいことを理解できた時
負けたくない。と気合が入っている時。
これは、揺るがないトップへ向けての
準備。
学びを怠らないように進めていければと
考えています。

「ハキハキ!元気!賢い子」

面談では
塾生さん達の御自宅の姿が
垣間見ることができたり
将来へ向けての
ワクワクするような話を聞けたりと
面談の時期を楽しみにしています。

一人一人が賢くなるための
ヒントを頂ける時期。
各御家庭の時間を大切にして
春期講習から、新学年へ向けての
学びへ繋げていきたいと考えています。

posted by at 20:56  | 学習塾・幼児教育

意志を伝える

幼児教室・学習塾 羅針塾には
お迎えには色々な方が来て下さいます。

おじいちゃまがお迎え。
塾長と雑談をしていました。
「武漢ウイルスで、友人との会食も
ゴルフも行かなくなると一日の間で
考える時間も話す時間も少なくなる。
そうすると、口が廻らなくなるんですね。
武漢ウイルスのおかげで
もーえらい迷惑です。」

本当。本当。
この武漢ウイルスのおかげで
生活が一変し、出来ることが
簡単に出来なくなりました。

羅針塾の学び方も変化。
子供達がマスク生活になり
細かな表情の変化が伝わらなくなり
話すこと、伝えることが一気に
下手になったように感じます。

時を経て
武漢ウイルスの予防の仕方も
わかってきました。
羅針塾の学びもほぼ通常に
戻っています。
下手になってしまった
話すこと、伝えることの
磨き直し。

しっかり読み、考えることから
取り組んでいます。

「ハキハキ!元気!賢い子」

意志を伝えることは大事で
これが出来ないとコミュニケーション
能力がないと社会では見られます。

意志を伝える。
コミュニケーション能力を磨くには
声をしっかりと出す。
恥ずかしがらずにやる。と
いうことが大事です。

意志を伝える為にできることは
しっかりと聞き読む。
この力を磨いていけば賢い子に
なっていくと思います。

posted by at 00:28  | 学習塾・幼児教育

自分で勉強する時期

長崎の学び環境は、
幼児期は伸び伸び自由に。
中学校受験をする時に勉強すればいい。
という考え方がほとんどです。
中学受験をしない子供達が殆どですから
「受験しない=勉強しない」
の構図ができてしまいます。

親御さん達も
「中学生になって部活を頑張ってその後に
自分で勉強するようになるよ。
その時に塾に行けばなんとかなるよ。」

この時期から
自分で勉強するというのは
幻想にしか過ぎません。

また、中学受験のために
小学校3、4年頃から
受験塾に通うになった時
その前までの教科の「穴」が出てきます。
学びが完璧でないと受験まで莫大な時間を
費やすことになります。
テクニックや受験塾の宿題に
追われる勉強は
沢山の勉強嫌いを作ります。

これは、自分で学ぶことの力を
つけるための学びとは異なります。

羅針塾の先生達はいつも思うのです。
自分自身で学ぶ力をつけるのは
幼児期から取り組むようにすること。だと。

幼児期から、
聞くこと、読むこと、伝えることから
始まり理解し考え書くことへと繋がっていきます。
正しい学びを行い
続けていく子といない子では
学力の差が大きくなります。

「ハキハキ!元気!賢い子」

羅針塾での学びは「国語力」
自立するための学び。
自分自身で学ぶための力を
養っていきます。

幼児さんから学ぶ子
小学生から学ぶ子
どの塾生さんも、その時に学ぶべきことを
しっかりと習得させていきます。
そして、自分でもやってみようと
自分のためにやらなければ。
これが自分自身で学ぶ力です。

学ぶことの楽しさや
未来の自分自身を描く時。
「学ばなきゃ。」となってきます。
この時から、
自分自身で学ぶようになります。
羅針塾では、
自立した塾生さんを成長させる為
日々、向き合っています。

 

posted by at 19:15  | 学習塾・幼児教育

失敗の活かし方

東京大学の前期試験の合格発表がありました。女子の合格率が20%を超えたそうです。女子、強し!

小学校・中学校・高校・大学と社会人になるまでに様々な進路選択のための受験の機会がありますが、失敗もあれば成功もあります。本当に大事な場面での失敗をしないためにも、失敗とそこに何を学ぶか、の経験は大事です。

古今東西を問わず、何事か「革新的」なことを成し遂げる人には共通項があります。

それは失敗を恐れないことです。

「ダイソンはなぜ革新的?ジェームス・ダイソンを動かす圧倒的エネルギーの正体」というネットの記事が目に入りましたので、一部引用しつつご紹介します。https://news.yahoo.co.jp/articles/ce76bb7588d817666bd8c41469b73f0452cecc15

1947年、イギリスのノーフォーク州に生まれたダイソン氏は、9歳のときに古典の教師だった父親ががんで亡くなったことをきっかけに、寄宿学校に入れられています。

 父親を亡くしたばかりのダイソン氏にとって家族と離れることはつらいことでしたが、当時のイギリスでは教育がとても重視され、ダイソン氏のような中流家庭の子どもは全寮制の私立学校に入ることが当然のこととされていました。

 当時のダイソン氏は、「自分の歯が立たないことにあえて挑むような頑固で意地っ張りな子どもだった」(『逆風野郎』p34)といいます。

 音楽にはあまり興味がなかったのに学校のオーケストラで「一番難しい楽器」と言われたバスーン(ファゴット)に挑戦したり、自分が足が速いことに気づいて長距離レースに出場したり、ムンク風の絵を描いて美術賞を受賞したりと、さまざまなことに挑戦しています。

 一方で、ケンブリッジ大学の数学者だった祖父を持ち、父親も古典の教師という家に生まれ、将来は古典学者になることを期待されていましたが、ラテン語やギリシャ語が嫌いで学者の道は早々に諦めています。その後も木工に興味を持って製作に励んだり、演劇にも挑みますが、最終的には大好きな美術の道に進むことを決意。1966年にバイアム=ショー美術学校に入学、1年後に王立美術大学(RCA)に進んでいます。

 

・・・サイクロン掃除機や羽根なし扇風機などの独自のスタイリッシュなデザイン家電で支持を集めているイギリスのダイソン社の創業者のジェームズ・ダイソンは、サイクロン掃除機を生み出すまでに5127回もの試作を繰り返したそうです。

 

その熱意と努力は、ダイソンの師匠であるジェレミー・フライから、

「情熱と知性があれば何でもできるし、ある方法でうまくいかなかったら、うまくいくまで他の方法を試すだけ」

という手法を学びます。

「15台目の試作機ができた時には、3人目の子どもが生まれていた。2627台目の試作機の頃、妻と私はまさしくカツカツの生活だった。3727台目の試作機ができた頃、妻は生活費の足しにするため美術教室を開いていた。つらい時期だったが、一つ一つの失敗によって、問題の解決に近づくことができた。苦闘を価値のあるものにしたのは、最終的な試作品ではない。プロセス自体が意味を持っていた。私はただ努力を続けたのだ(『WIRED』2011.4.15)

(中略)

試作を重ね、とうとう「100%の効率を手にした」1982年末には、ダイソン氏は住宅ローンなどを含めて15万ポンド以上の債務を抱えており、「このプロジェクトを成功させるか、破産するしかなかった」(『逆風野郎』p162)というぎりぎりの状態に追い込まれていました。

(中略)

ダイソンに唯一手を差し伸べたのが日本の商社エイペックスです。ダイソンは同社とライセンス契約を結び、1986年3月にサイクロン掃除機「G‐フォース」を日本で製造、発売することができたのです。

 1台20~30万円と高額でしたが、飛ぶように売れたことでダイソン氏はデザイン料約1,500万円と、ライセンス使用料年1,500万円を数年間手にし、その収入などを基に1993年に設立したのがダイソン社です

・・・確かに、従来の電気掃除機は音の大きい割には吸い込む力が不足していたし、吸い込んだゴミを紙パックに貯めて処理する、という手法に筆者も慣らされていた感があります。

その不満を画期的な掃除機作りというエネルギーに変えるという力には驚かされます。

ダイソンの発明哲学と「失敗の活かし方」

1.製図版を眺めていてもアイデアは生まれない
机の前に座っていればアイデアが生まれると思わず、外へ出て色々なものを見よう。そしてアイデアが浮かんだら、それをつかみ、書き留め、うまくいくまでいじくり回そう。

2.日用品は売れる
成熟市場の製品を改良するのは難しいが、成功すれば市場を創出する必要はない。自宅にある製品の気に入らないところをリストアップしてみよう。

3.エジソン流の原則を守る
テストにテストを重ね、ありきたりの手法や他人の意見を取り入れるのでなく、自分の目が捕らえた事実のみを信じること。市場調査は「何が起きたか」を教えてくれるが、「何が起きているか」を教えてはくれない。

4.発明はたえまない変革ありき
どんなこともあらゆる角度、機能から何度もよく考え、改良を重ね、「あらゆる」問題を解決するまで決して満足しないこと。

5.機能が生み出す表現豊かなデザインを
重要なのは内側。外側から考え始めたら、失敗することは目に見えている。

6.スタミナと確信は必須
辛いがこれが真実である。開発に10年?想像できるかい?それから、きわどい交渉、耐乏生活、風前の灯火も?度胸がないとやれないよ。

7.すべてを完全にコントロールする
アイデアを思いついてから、研究開発、テストと試作品の製作、模型作りと設計、金型製造、生産、販売とマーケティング、そして全国の家庭へ。それは最初にビジョンを描いた人が正しく予見していれば、おおかた成功するだろう。

・・・やはり、何より大切なことは「根気強さ」であると述べています。

そして、

「進歩は失敗から学ぶことのみから生まれる。発明への途上では、失敗とは、今後解決されるべき問題に過ぎない」(『WIRED』2011.4.15)

 

・・・「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」と、江戸時代後期の米沢藩主上杉鷹山が家臣に教訓として詠み与えた歌を彷彿(ほうふつ)とさせます。

posted by at 15:59  | 塾長ブログ
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