幼児期に何を学ぶのか

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室 羅針塾学習塾です。
https://rashinjyuku.com/wp

「小学校準備をしておかないといけないので・・
通塾したいのですが、全て羅針塾学習塾にお任せできますよね。」

できますが・・・毎日通塾できますか?

「学び」は毎日するものだと思います。
読んだり、聞いたり、書いたり、作ったり
考えたりと。
日々、何かに取り組む事が大事です。
羅針塾学習塾に通う塾生さん達は
通塾がない日でも何かを取り組んでいる。

お迎えのおばあちゃまが
「通塾を毎週すると、家で何をすればいいか
よく見えてきますね。親子で毎日一所懸命取り組んでいます。」と
教えて下さいました。

幼児期に学ぶことはたくさんあります。
手先を使い、たくさんの物を観て感じ
自分の思いをしっかりと伝え
しっかり読んでしっかりと書きと
興味を示すこととともに
色々な世界をみせてあげる事が大事です。

しかし、それはただ連れて行けばいい。
習わせればいい。
通わせとけば出来る。とは異なります。

「ハキハキ!元気!賢い子」

「学ぶ」ということはお母様にも
気合いが必要です。
日々、一日も怠らずに続ける事が大事。
幼児期に何を学ばせるのか?
ただ、就学前だから取り組むのではなく
「人」としての人格形成を行うのが
幼児期の学び。
毎日が賢くなるチャンス!
とっても大事な時期の学びなのです。

福岡のお土産をいただきました。冷やして美味しそう!
お忙しい中ありがとうございました。感謝申し上げます。

posted by at 18:51  | 学習塾・幼児教育

何故学ぶのか 勤學

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp では、古来日本人が学んで来た古典の一節なども参考にしながら、学ぶことの意味合いを理解する必要があると考えます。

以前ご紹介した「幼學綱要(ようがくこうよう)」卷之三 勤學第六 には、

人皆天賦ノ徳性アリ。然レドモ學バズシテ能ク道ヲ知ル者無シ。必ズ當ニ先覺ニ就イテ學習シ、道ヲ明メ、行ヲ修メ、以テ其ノ徳ヲ成スベシ。苟モ師トスル所無ク、才ヲ恃ミテ自ラ用フルトキハ、徳ヲ傷ヒ事ヲ傷ル。小技末藝ト雖モ、終ニ成スコト能ハズ。故ニ勤學ハ,己ヲ成シ物ヲ成スノ根柢ナリ。

「人は皆、天から賦与された道徳を弁えた正しい品性がある。しかしながら、学ばずして正しく人の踏み行うべき事を知る者はいない。必ず物事の道理を悟っている人(学問や見識の優れている人)に就いて学習し、道を明らかにし、行を修め、以ってその徳(品性)を高めなければならない。もしも師とする所無く、生まれつきの能力を当てにし、自分本位で行動すれば、徳(道徳的品性)を傷(そこ)ない、事(事柄、事態)を傷る。小技末藝(ちょっとした技術や簡単な藝)とはいえ、最終的に全うすることは出来ない。故に、勤學(熱心に学問すること)は、自己を成長させ、物事を成就する土台である。」

子供の頃に、何の為に学ぶのか、と自問自答した経験をお持ちの方は多いと思います。それを親、兄弟姉妹、先生、友達、など身近な人に問うこともあるでしょう。其時に答えが出なくとも、いつの日にか悟ることもあります。人は年齢を経てくると、学んでおけば良かったという悔恨が残ります。若い時には、それに気付かない。

だからこそ、将来ある若人に「勤學」の必要を説かねばなりません。

「国民の修身」渡部昇一監修(産経新聞出版)の序文に代えてに、「修身」は人間としての基礎を教えている 渡部昇一 という一文が有ります。

 国があり、家があり、自分がある

修身」という言葉が普及したのは、徳川時代に儒学が普及し、四書(『論語』・『孟子』・『大学』・『中庸』)が各地の藩校などで読まれ、その中でも『大学』の中の教訓を『修身.斉家(せいか)・治国(ちこく)・平天下(へいてんか)』という言葉に要約したものが、主として武士階級の人々に記憶されるようになったからである。

 この『大学』の言葉は支配階級の人たちの心がけの順序として教えられたのであった。天下を治めようとするなら、まず自分の国(領地)をよく治めなさい。自分の国を治めるには、まず自分の家をよく平和に保つように斉(ととの)えなさい。自分の家を斉えるには、まず自分自身が修養して立派な人格を作らなければなりませんということである。これは朱子学のエッセンスとして受け取られた。

 中江藤樹(なかえとうじゅ 一六〇八〜四十八)は十一歳の時、初めて『大学』を読み、「天子ヨリ庶人ニ至ルマデ、一ニコレミナ修身(身ヲ修ムル)ヲモッテ本(モト)トナス」という所に至るや、深く感嘆して涙を流したという。それは徳川家康が亡くなってから二、三年後の話である。

 当時、庶民も天子も、人間としての基礎になるのは同じこと、つまり修身なのだと感奮したのである。そして彼自身は近江聖人(おうみせいじん)といわれる人物になったのだった。

 また荻生徂徠(おぎゅうそらい 一六六六〜一七二八))は少年の頃、南房総に父と共に流落しており、学問の師となる人もいなかったが、たまたま父(将軍綱吉の侍医だったが流罪)の持ち物の中に『大学諺解(げんかい)』があった。

諺解というのは和文の注釈である。彼はこの本一冊を十二年間読み続け、その為後に江戸に戻ってみると、他の漢籍を注釈なしに読めるようになっていたという。こうした逸話が伝えられるほど、『大学』は普及しており、その『経一章(けいいっしょう)』に述べてある修身の大切さを学んだのであった。

今、教育に憂いを持つ人と語るとき、一意専心に学ぶことを、なぜ教育に携わる先生と名のつく人たちが若人に伝えないのか、と憤ることが有ります。コレは、所謂「学校」と名のつくところは無論、職場など持ち場持ち場で後輩に何かを伝えていくべき立場の方も同様です。何かと学ぶ為に必要なこととして、敢えて強いる必要のある場合、辛抱することができない若人を放置しておいて良いのか、と。

「我慢」「辛抱」という言葉を、経験として学ぶよう後代の若人に伝えなければ、どれほど軟弱な、生きる術を見出せない世代を作ることになるのでしょうか。

そうならない為にも、子を持つお父さん、お母さん方には、我が子を厳しく、且つ愛情を持って叱咤激励して頂きたいものです。「良薬は口に苦し」「艱難汝を玉にす」という諺は、いつの時代にも「甘やかす」親への戒めとして残された名言であるはずですから。厳しく接する事が出来るのは親の「伝家の宝刀」でもあり、「義務」でもあると考えます。

posted by at 00:02  | 塾長ブログ

最後まで考え抜く癖をつける

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室 羅針塾学習塾です。
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「国語力をつけるにはどうすれば良いですか。」と質問があります。
国語力がつきだす時、一人一人が良く考えるようになります。
よく考えるようになってくると顔つきが変わってきます。
賢い子へ大変身!となっていきます。

「考える」一番大事なこと

自分自身の意志・意思を考える。
どのように伝えるべきか。
どのように相手に理解してもらえるか。
自分自身が考えていること
自分自身の感情
自分自身の行動
全てを正確に「言葉」として伝えることが大事です。

どうしたらいい。
なぜだろう。
どうやって。
なぜなら。
自分の「思い」を伝える時
大事な言葉達。言葉の力。
考える力を身につけさせるためにも
沢山の言葉を知り、使いこなせなければいけません。

「ハキハキ!元気!賢い子」

最後まで考え抜く力をつけさせる
根気の要ることだと思います。
しかし、得意なことから取り組むとどうでしょうか。
「何か」を取り組むためにきっかけをつくっては如何でしょうか。
幼児さん達が羅針塾学習塾に通塾するときに
必ず、私達がお話しすること
通塾は「遊び」ではなく「学び」だから
御両親が必ず「学ぶ」ことについて
お子様にお話をして下さい。と伝えます。
「学ぼう!」と思った時
最後まで、どんなことでもしっかりと考えだし取り組みます。

小学生からは、塾生一人一人に
「学ぶ」ことについて話をします。
生活スタイル、今のポジション
塾生の思いを聴きながら。
納得すると根気強く深く考えるようになります。
考え抜く力が賢さに磨きをかけていきます。

一人一人にキラッとしたものがあります。
そのキラッと光り輝かせるために。
隠れてしまわないように。
未来の可能性のために「今」考える力を
つけていくべきだと思います。

考えることが賢さに結びついていくと考えます。

「祖母の庭に咲いていた紫陽花の花です。」と男の子の塾生さんから頂きました。
嬉しいなあ〜ありがとうございます。
梅雨の時期に綺麗な色を奏でる紫陽花。大好きな花の一つです。

posted by at 16:56  | 学習塾・幼児教育

各学校試験準備中です。

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室 羅針塾学習塾です。
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長崎大学教育学部附属小学校の力試し(学期末試験)
各中学校の期末試験
各小学校の試験準備をコツコツ取り組んでいます。

日々の取り組みを少しづつおさらい。
日々の学びを再確認。
応用の問題も今だからじっくりと取り組めます。
直前だとなかなかできないことです。

羅針塾学習塾の学びは
基本基礎の徹底。
一つ一つが確実に解けるようになると
理解力が深まり応用問題が解けるようになります。
雑に、なんとなく、自己流に、ではなく
丁寧に。正確に。テキパキと。
毎回二時間の学びを有効に活用しています。

「ハキハキ!元気!賢い子」

どの塾生さんにも
「お友達が、なあんにもしていない。と言っても
絶対毎日頑張っているよ。」と話すと
「負けられない。頑張ります。」って。

そうそう、その調子!です。
一日も休まずにコツコツと取り組むと
必ず結果はついてきます。
「やったあ〜100点!」と沢山笑顔になれるように
一人一人に合わせてしっかりと観ていきたいと考えています。

お手紙と一緒に折り紙で作ってきてくれました。
とても上手に折れていますよ。
さあ!何を入れようかなあ〜 ありがとうございます。

posted by at 20:29  | 学習塾・幼児教育

音読と書見台 歴史散歩 平戸5

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp では、幼児期から姿勢を正しくして音読する習慣をつけることが大事であると考えています。

前号までの一連の「歴史散歩 平戸」。まだまだご紹介したいことが沢山有りますが、学問をし続けることが、藩主の務めの一つと思わせる松浦資料博物館(http://www.matsura.or.jp)の収蔵品が有ります。

見台

 

これは、いわゆる書見台です。「見台(けんだい)(Reading Stand)・・・書見する台のことで、上部の斜め台の上に書物を置き読書を行なった。」と説明書きに有ります。黒漆に蒔絵が施された立派なものです。

黒塗短檠

読書時の灯明台です。「黒塗短檠(くろぬりたんけい)(Lacquered Light Stand)・・・短檠は高さの低い灯明台で、照明器具。当資料の下部にある焼き物は油入れとなっており交趾焼(現在のベトナム)である。」 当時は、室内照明の主力は油です。灯明皿に油を注ぎ、藺草(いぐさ)の芯を抜いて作られた「切り灯芯」をのせ、「掻き立て」という灯芯を押さえてあかりの調節に使うものをのせ、灯芯に火をつけます。

「読み」は、書見台に向かい正座。「書き」は、毛筆で正座。かっての日本人が学ぶときには「正座」が基本です。正座は腰を立てる(立腰:りつよう)ことで、心身に良き効果を与えます。現在、ほとんどの子供さん達は、座り机(正座など座った姿勢で用いる低い机)で学ぶ機会はほとんどないでしょう。従って、椅子に座って机に向かうと、よほど注意をしない限り、腰や背中が曲がった状態で学習をすることになります。結果、目が近くなり近視になりやすくなります。

学習の効率を上げ、中身の濃いものにするには、学ぶ環境づくりが大切です。筆者は、座り机で正座をして学ぶ経験もしましたが、その時以降、卓上型の書見台を用いていました。

腰を立て、背筋を伸ばして学習できる環境を作ることは基本中の基本です。

 

posted by at 20:07  | 塾長ブログ
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