羅針塾学習塾 春期講習折り返し

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室 羅針塾学習塾です。
https://rashinjyuku.com/wp

保育園や幼稚園(こども園)に通っていた塾生さん達も
昨日でお終い。
今日からは、新幼稚園生・新小学一年生です。
羅針塾学習塾も更に賑やかになります。
進級・進学への準備を完璧に仕上げていきます。

四月からの取り組みは
復習と同時進行で予習の学び。
判断し考えを表現できるように。
ちょっとだけ背伸びした学びを取り入れていきます。
幼稚園や小学校・中学校の
新しいクラスで、落ち着いて穏やかに過ごせるように。
よく聴いて活発に発言できるように。
四月の一週間で仕上げていきたいと考えています。

「ハキハキ!元気!賢い子」

羅針塾学習塾の塾生さん達は長時間の学びにも
しっかりと集中して自分自身の学びを行います。
講習で時間が異なったり
周りがどんなに賑やかでもです。
周りに振り回される事なく
集中できる子は賢いのです。

posted by at 10:43  | 学習塾・幼児教育

英語と歴史を同時に学ぶ 「史実を世界に発信する会」の英訳教科書 18

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp では、鉢植えの花々も明るく色付き、櫻の満開に合わせているかのようです。

さて、英語と歴史を同時に学ぶ」シリーズです。第4章 近代の日本と世界(1) 幕末から明治時代 第1節 欧米諸国のアジア進出 の続きになります。http://www.sdh-fact.com/CL02_2/Chapter%204%20Section%201,%202.pdf

  Topic 50 – The rise of the sonno joi movement
How did the sonno joi movement arise during the waning years of the Edo shogunate?

The conclusion of the Treaty of Amity and Commerce
In 1858 (Ansei 5), the shogunate went ahead and concluded the Treaty of Amity and Commerce with the United States, despite the Imperial Court’s pointed refusal to sign on. Consequently, five ports, Hakodate, Kanagawa, Niigata, Hyogo (now Kobe), and Nagasaki, were opened to American trade.

Soon after, Japan signed similar treaties with other foreign countries.1 However, these were unequal treaties, in that Japan forfeited tariff autonomy, meaning its right to set its own import duties, and guaranteed extraterritoriality to foreign nations, meaning their exclusive right to try their own citizens in consular courts for any crimes they committed on Japanese soil.

*1=In accordance with the treaties, trade in Japan was carried out with gold and silver coins used by foreign countries. However, the exchange rate in Japan was one gold coin to five silver coins, whereas in foreign countries it was one to fifteen. Because of this large disparity, Japan’s gold was flowing abroad and being rapidly depleted at home, which put significant strain on the economy.

 

 

50 尊王攘夷運動の展開

 幕末の尊王攘夷運動は、どの様な経過をたどっていったのだろうか。

 日米修好通商条約の締結

 幕府は、朝廷の許可を得られないまま、1858(安政5)年、日米修好通商条約を結び、箱館(函館)、神奈川、新潟、兵庫(神戸)、長崎の5港を開いた。

 その後、日本は諸外国と同様の条約(*1)を結んだが、これらの条約は、日本における外国人の犯罪を日本側で裁くことができず(領事裁判権)、日本に輸入関税率を自由に決定する権利(関税自主権)のない、不平等条約だった。

*1 この条約により、外国の金貨銀貨が通用するようになった。ところが、金銀の交換比率が日本でおよそ1対5、外国で1対15と、約3倍の差があったため、金貨が大量に海外に流出し、国内経済を混乱させる原因となった。

 

 The sonno joi movement

The conclusion of the Treaty of Amity and Commerce elicited a storm of criticism from those who felt that the shogunate had ignored the will of the Imperial Court and surrendered to foreign pressure. This discontent gave rise to a new political movement, insisting that Japan preserve its independence. The slogan adopted by its supporters was sonno joi, which means “revere the emperor and expel the barbarians”. Between 1858 and 1859, Great Elder Ii Naosuke, a proponent of the shogunate’s decision to sign the treaty, launched a far-reaching crackdown on all the court nobles, daimyo, and patriotic samurai who had criticized the diplomatic policies of the shogunate and were sympathetic to the sonno joi movement. Tokugawa Nariaki, the former daimyo of Mito Domain, was placed under permanent house arrest, and Yoshida Shoin of Choshu Domain (modern-day Yamaguchi Prefecture) and Hashimoto Sanai of Echizen-Fukui Domain were both beheaded. This is referred to as the Ansei Purge.

In 1860 (Manen 1), as Ii Naosuke was passing near Sakurada Gate on his way to Edo Castle, he was ambushed and killed by masterless samurai, many from Mito Domain, who wanted revenge 

for the Ansei Purge. The assassination of Ii Naosuke, known as the Sakurada Gate Incident, was a major blow to the shogunate, which had lost its strongest leader in a single stroke.

The Choshu Domain, whose territory had been reduced by the shogunate hundreds of years earlier following its defeat at the Battle of Sekigahara, became the focal point of opposition to the shogunate’s policies. Yoshida Shoin had left a profound impact through his passionate advocacy of sonno joi at Shokason-juku, a private academy in Choshu. After Yoshida’s execution during the Ansei Purge, his former students, such as Takasugi Shinsaku and Kido Takayoshi, became powerful figures in Choshu politics. At their direction, Choshu joined forces with certain court nobles and gradually convinced the Imperial Court to take a hard-line stance in favor of expelling the barbarians.

 

Excerpts from the Treaty of Amity and Commerce

“Article 4 – Duties shall be paid to the Government of Japan on all goods landed in the country, and on all articles of Japanese production that are exported as cargo, according to the tariff hereunto appended.”

“Article 6 – Americans committing offenses against Japanese shall be tried in American Consular courts, and, when guilty, shall be punished according to American law.”

桜田門外の変(江戸東京博物館蔵)

 

尊皇攘夷運動

幕府が朝廷の意向を無視して通商条約に調印したことに対し、外国に屈服したとの批判が沸き起こった。その批判は朝廷を盛り立てる尊王と、外国を打ち払う上位の要求が結びついて日本の独立を守ろうとする尊皇攘夷運動に発展していった。条約の締結を推進した幕府の大老・井伊直弼は、1858年から翌年にかけて幕府の外交方針を批判して尊皇攘夷を唱える公家、大名、志士たちを大量に処罰した。前水戸藩主の徳川斉昭は永蟄居を命ぜられ、長州藩(山口県)の吉田松陰や越前福井藩の橋本左内は斬刑に処された。これを安政の大獄という。

1860(万延元)年、井伊直弼は江戸城に出勤する途上、桜田門の近くで、安政の大獄に憤った水戸藩などの浪士達に暗殺された(桜田門外の変)。最高責任者が暗殺されたことにより、幕府の権威は一挙に失われた。

買って関が原の戦いに敗れて領地を縮小されていた長州藩は、幕府批判勢力の中心だった。吉田松陰は、松下村塾という私塾で、弟子達に尊皇攘夷を説いて大きな感化を及ぼしていた。松陰が安政の大獄で処刑されると、その弟子であった高杉晋作や木戸孝允らが班を動かすようになり、長州藩は一部の公家と結んで、朝廷を強硬な攘夷論へと導いていった。

 

日米修好通商条約

第4条 すべて日本に輸入・輸出する商品は別に定める通り、日本政府へ関税を収めること。

第6条 日本人に対して法を犯したアメリカ人は、アメリカ領事裁判所で取り調べの上。アメリカの法律によって罰すること。(一部要約)

 

・・・外交交渉における米国の圧力と、国内の尊王攘夷運動との板挟みになった江戸幕府。現在からみれば、結果が分かっているので、何故と思うことでも、当時の幕府の要路に居た老中などの政治家の苦悩は計り知れません。現在の政治家と比較するのも烏滸がましいですが、幕府を支える武士には人格・識見共に素晴らしい人物が多く存在していました。

posted by at 12:00  | 塾長ブログ

教科書を最後までやり遂げる

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室 羅針塾学習塾です。
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羅針塾学習塾の小学生 春期講習は教科書の完成です。
近年、学校で教科書を最後まで終わる事なく次学年に上がることが
増えました。
写真やイラストが多いのですがそれでも
教科書は最大の味方になる本です。

どの教科も復習の間は教科書の見直し。
最後までやり遂げていきます。
そのときは分かっていても、忘れていることが多いのです。
あれっ?どうだったけ?
再度見直し、もう一度徹底です。

「ハキハキ!元気!賢い子」

基本に忠実に丁寧に理解しやり遂げる子は
賢くなり応用力も深まります。
教科書を隅々までやり遂げるって
とてもすごい情報量なのです。
羅針塾学習塾では「今」学ぶことを大切に。
その時その時の理解力を深めていきたいと考えています。

同じ場所の写真です。
一枚は桜 一枚は今年2月の雪。
あっという間に春になりましたね。
この場所は桜並木です。

posted by at 15:17  | 学習塾・幼児教育

受験で求められる力

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp では、春期講習中です。このような長期休暇は、子供さん達にとって成長する良い機会です。様々な科目の学習だけではなく、関連する事項や、普段学ぶ時間が取れないこと、また実地に学べるものなどにも時間を割くことが出来ます。図書館・美術館・博物館・科学館など、公共施設も活用したいものです。遠近に関わらず、数日間の小旅行も世間を知る良い機会です。

さて、「これからの高校受験で求められる力とは」という産經新聞(2018.3.30 )の記事が目につきましたので引用してご紹介します。。http://www.sankei.com/life/news/180330/lif1803300004-n1.html

これからの高校受験で求められる力とは

大学入試改革の方向性を受けて、高校入試でも思考力・判断力・表現力を問う問題が増えています。「受験生」というと、学校の後は塾などに通い、机に向かってひたすら勉強…といったイメージを持つかたが多いと思いますが、机の上での勉強時間が長ければ思考力がつくとは限りません。

 

変わりつつある高校入試

 まず、お住まいの地域の公立高校の入試問題を、ぜひお子さまと一緒に見ていただきたいと思います。

 都道府県によって差はありますが、「自分の学生時代とは違うなあ」という印象をお持ちになる保護者のかたが多いのではないでしょうか。

 たとえば東京都(2018年)の社会では、「写真を見て、その撮影地点が含まれる地形図を選ばせる」、「1961年に制定された『農業基本法』の内容と関連して、同じ地域の地形図を見比べ、道路の変化について簡単に記述させる」「『情報』をテーマに、様々な時代の出来事を述べた選択肢を年代順に並べる」といった問題が出されています。

 また、英語では英文を聴いて答えを自分で書く問題や、英文のEメールを読んで、その返信の内容を考え、条件に合うように3つの英文を書く問題が出ています。

 すべて中学校で習う基礎事項をもとにした問題ですが、解答するためにはどの知識が使えるか、頭を柔軟に働かせる必要があり、覚えた用語をそのまま答えればよいような問題は減っています。

求められるのは初見の問題にも対応できる力

 都道府県や高校によっては、たとえば神奈川県の「特色検査」のように、教科を超えた総合的な問題や作文・小論文、スピーチなどを課すところもあります。文書やグラフ・表、写真や絵画など様々な資料を読み取り、自分なりに問題点を理解した上で「自分の考えを述べる」「解決策を考える」というような、正解がひとつに決まらない問題は、今後ますます増えていくでしょう。

 その背景には、学習指導要領の改訂と、それと並行して進められている大学入試改革があります。初めて出会った問題に対して柔軟に思考し、対応する力が求められているのです。このような力は、これからの変化の激しい時代を生き抜く上で、必ず役に立つのではないでしょうか。

受験勉強のイメージも変わる?

 初見の問題にも対応できる思考力・判断力・表現力をつけるには、中学で教わる基礎事項を、使いこなせるレベルまでしっかりと身につけておくことが大切です。その上で、社会の動きに関心を持ち、「これはなぜだろう」「こんなとき、自分ならどうするだろう」などと様々な角度から考えることに慣れておく必要があります。

 受験生活も「毎日、学校と家、塾などの往復だけ」「机に向かってひたすら暗記と問題演習」といった従来のイメージとは違ってくるでしょう。保護者のかたは、新聞やテレビのニュース、生活にまつわる身近な出来事を家族で話題にする、一緒に学校見学や社会見学に出かけるなど、お子さまの「考えるきっかけ」づくりに協力していただければと思います。

・・・大学入試改革プラス学習指導要領の改訂は、高校のみならず、中学・小学校の指導内容に大きな影響を与えます。常々申し上げているように、子供さん達に「考える力」をつけ、その上でそれを「表現する力」をつけるには、幼少期からの「読む」・「書く」訓練は必須です。年齢が来たら、自然に覚えるようになる、というのは、ある意味博奕のようなものです。確かに、一見放っているように見える子供の中で、利発な子は確かに存在します。しかし、「玉磨かざれば光なし」という様に、どんなに素晴らしい宝石の原石であっても、上手に研磨しなければ、光輝な光を放たない様に、学力の基礎は徹底して行う必要が有ります。

posted by at 12:30  | 塾長ブログ

目標を明確にする

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室 羅針塾学習塾です。
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羅針塾学習塾の春期講習は一人一人に
明確な目標があります。
幼児さんから中学生まで!
今回は、これを頑張ろうね。と取り組んでいます。

誰しも得意なことと不得意なことがあります。
不得意なことは
単なる苦手意識なのか。
要領を得ないのか。
取り組む量が少なすぎているのか。
先生達の中では「どうなのか?」が分かっているので
カリキュラムに組み込んでいます。

春期講習の時間に「これは楽しいね」と
ニコニコになれるように。
「もう、これは得意になりました。」と
ルンルンになるように。
一つ一つの目標を達成させていきます。

「ハキハキ!元気!賢い子」

不得意が得意になるまでには時間がかかるときがあります。
そんな時もメゲずに毎日コツコツ取り組む。
日々の努力大事なのです。
やらない理由、できない理由を言う
親が多くなりました。
その一方で、生活のリズムを考えて少しでも取り組ませる。
机に向かう事を習慣づけるご家庭も多くあります。
賢くしたいなら。やらないといけないなら。
工夫の時間を見つけて少しづつ取り組むべきだと思います。
目標は明確にあります。
目標の達成は賢い子への近道です。

posted by at 15:20  | 学習塾・幼児教育
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