英語と歴史を同時に学ぶ 「史実を世界に発信する会」の英訳教科書 12

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp では、日本人としてしっかり母国語を学ぶことが、結果として英語や仏蘭西語、西班牙語などの外国語も学ぶことができると考えています。例えば、漢字の練習。小学校へ進学して、どれほどの漢字を練習しているかによって、その後の語彙力の差になって表れてきます。漢字を継続して練習する力は(筆者が考えるに)、そのまま英語の単語力や語彙に直結しているように思います。つまり、小学校高学年の英語や、中学校の英語の授業で、どれほど英単語の練習をしているかを考えると、非常に心もとないのが現状です。それは、英語の授業時間の中で、単語を練習させたくても時間が取れないことや、そもそも筆記体で英単語を書かせないことが原因のように考えます。小学校の時に、ひたすら漢字を練習していた経験からすると、英単語をひたすら練習する機会は圧倒的に少ないと感じておられる親御さんが多いのではないでしょうか。特に、いわゆる「ゆとり世代」の親御さんは、愚直に漢字や、英単語を繰り返した経験が少ない世代のように思います。無論、その時代を過ごした子供達には責任があるわけではなく、その時代の教育を担ってきた立場の人たちの責任、と言えないか、です。

結果、何事も素直に暗記することを習慣付けることができなくなってしまう。

幼い時から、暗記する癖をつけて仕舞えば、覚えようと意識しなくても、何回か音読することで覚えることができます。自然に頭に入って行く経路を作ることが非常に大事です。

漢字にしても、英単語などの外国語の単語にしろ、覚えるのに無理のないシステムを幼児期に構築することが肝要ではないかと考えます。

さて、「英語と歴史を同時に学ぶ」シリーズです。

改めて、少し歴史を遡ってみようと思います。http://www.sdh-fact.com/CL02_2/Chapter%204%20Section%201,%202.pdf

 

Chapter 4: Modern Japan and the World (Part 1) – From the Final Years of the Edo Shogunate to the End of the Meiji Period

Section 1 – The encroachment of the Western powers in Asia

Topic 47 – Industrial and people’s revolutions

What events led to the birth of Europe’s modern nations?

People’s revolutions

The one hundred years between the late-seventeenth and late-eighteenth centuries saw the transformation of Europe’s political landscape. In Great Britain, the king and the parliament had long squabbled over political and religious issues. When conflict over religious policies intensified in 1688, parliament invited a new king from the Netherlands to take the throne. The new king took power without bloodshed and sent the old king into exile. This event, known as the Glorious Revolution, consolidated the parliamentary system and turned Britain into a constitutional monarchy.1

*1=In a constitutional monarchy, the powers of the monarch are limited by the constitution and representatives chosen by the citizens run the country’s government.

Great Britain’s American colonies increasingly resisted the political repression and heavy taxation imposed by their king, and finally launched an armed rebellion to achieve independence. The rebels released the Declaration of Independence in 1776, and later enacted the Constitution of the United States, establishing a new nation with a political system based on a separation of powers.2

*2=Under a separation of powers, the powers of the government are split into three independent branches: legislative, executive, and judicial.

 

 

 第4章 近代の日本と世界(1) 幕末から明治時代

第1節 欧米諸国のアジア進出

47 市民革命と産業革命

ヨーロッパの近代国民国家はどのようにして生まれたのだろうか。

 市民革命 

 17世紀後半からの約100年間に、ヨーロッパの政治に新しい動きが起こった。イギリスでは、政治や宗教の対立から、国王と議会の間で長い抗争が続いていた。1688年、宗教政策などを巡って対立が激化し、議会はオランダから新しい国王を迎えたが、旧国王は外国に亡命し、流血を見ることはなかった。これを名誉革命という。これによって、議会制度の基礎が固められ、イギリスは立憲君主制*1の国家となった。

*1 憲法によって君主の権限を制限し、国民が選んだ代表が政治を運営する国家の仕組み。

 イギリスの植民地だったアメリカは、本国の国王から課せられた重税と弾圧に抗議して、武器を持って独立戦争を戦った。1776年、アメリカは独立宣言を発表、その後、合衆国憲法を制定し、三権分立*2の国家体制を確立した。

*2 国家の権力を、立法・司法・行政の三つに分け、それぞれ独立させる仕組み。

イギリスの名誉革命 アメリカの独立宣言

In 1789, an angry mob of Parisian citizens, who groaned under oppressively heavy taxes, stormed the Bastille Prison, an incident that sparked numerous rural and urban revolts throughout France against the king and the aristocracy. This was the start of the French Revolution. The revolutionary forces abolished class privileges and drew up the Declaration of the Rights of Man and of the Citizen, enshrining the principles of liberty and equality. The revolutionaries soon turned blood-thirsty and beheaded the king and queen for refusing to abide by their program. It has been estimated that 700,000 people were killed amid the “reign of terror,” as the period of chaos during the French Revolution is called. Fearing the spread of the revolution, France’s neighbors intervened. Napoleon Bonaparte seized control of France to confront this threat and, for a time, he dominated most of continental Europe. As a result, the ideals of the French Revolution spread across Europe. Because these political revolutions gave rise to modern nation-states aspiring to the legal equality of all citizens, they are called people’s revolutions.

イギリスの名誉革命  アメリカ独立宣言

 1789年、重税に苦しむパリ市民がバスチーユ牢獄を襲撃したのがきっかけとなり、国王や貴族に対する都市市民や農民の反乱が各地で起こった。フランス革命の始まりである。革命勢力は、自分たちの主張に従おうとしない国王・王妃を処刑するなど過激化していった。革命の混乱の中で70万人の国民が殺されたと言われている。フランスの周辺諸国は革命の広がりを恐れて干渉した。それに対抗してナポレオンが権力を握り、ヨーロッパ諸国を一次的に支配した。これによってフランス革命の精神がヨーロッパに広がった。これらの政治的改革は、人々が平等な市民(国民)として活動する社会を目指して近代国民国家を生み出したので、市民革命と呼ばれています。

 

・・・筆者は、小・中・高とこの時代の歴史を繰り返し学びながら、なんとなく違和感があったのを覚えています。何故なら、欧米の変革の歴史が「革命」という名の国民を「粛清」する嵐のように思えたからです。つまり、中世の基督教の旧教と新教との長年に渡る、言わば内輪の争いによって膨大な数の民への殺戮を繰り返した歴史のままの様に思えるからです。少なくとも、民族的にも宗教的にも、互いが違和感のない民同士の日本は、長い歴史の中で、自国民による大量殺戮の歴史はありません。二千年を超える歴史を持つ日本は、明らかに世界の国々とは、違う歴史の流れがあるかの様です。

posted by at 15:53  | 塾長ブログ

小学校の英語教育と家庭で注意して欲しい点

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp では、学習指導要領の改訂により2020年度から従来小学校5・6年生で行われていた「外国語活動」に代わり、正式な教科として「英語」が導入されることについて、懸念を持ちながら注視しています。文科省が掲げる目標はさて置き、現実にこれに対応せざるを得ない小学校の先生方や、海のものとも山のものともわからない教育効果について、不安を抱えることになるであろう子供さんを持つ各ご家庭の不安について、文科省は応えていないからです。

過去、学習指導要領に様々な改訂を加えてきている文科省は、その時々の目指すべき目標には薔薇色の夢を語りますが、行ってきたことの検証については一切語りません。

例えば、所謂「ゆとり教育」。

「詰め込み教育」のマイナス点を論(あげつら)って、「ゆとり教育」を導入した結果、基礎学力の無い大学生や社会人を生み出し、「ゆとり教育」を受けた世代に対する文科省の責任の検証はなされていません。掛け算の九九が出来ない大人や、割り算や割合を理解していないことで仕事に差し支えるような社会人を生み出していることは、かっての日本人の親の教育観からすると考えられない状況です。つまり、計算のできない子供を親は放って置くことはしないからです。

然はさりながら、小学校5・6年生で正式な教科として「英語」が導入される点についての記事が目に付きましたのでご紹介します。産経新聞2月2日版http://www.sankei.com/life/news/180202/lif1802020001-n1.htmlからの引用です。

小学校の英語、家庭でできることは?

学習指導要領の改訂により、2020年度から、小学校5・6年生で行われていた「外国語活動」に代わり、正式な教科として「英語」が導入されます。

 中央教育審議会・教育課程部会外国語ワーキンググループのメンバーでもあり、英語カリキュラムの審議に携わってこられた東京外国語大学教授の投野由紀夫先生に小学校の英語教育と、ご家庭で注意して欲しい点について、さらに詳しくうかがいます。

「たくさん聞く」「使ってみる」ことで英語を感覚的に身につける

 耳で聞いた音をまねる力は、年齢が低いほど優れていますが、文法などのルールを学ぶのは、大人のほうが得意だといわれています。今回の学習指導要領改訂により、英語に親しむ外国語活動は3・4年生から始まりますが、耳の良いこの時期は、良質な英語にたくさん触れさせてあげて、音と意味の結びつきを自然に学ぶことが大切です。

 5・6年生の授業も、従来の中高の英語指導のように文法ルールを説明的に教えるのではなく、具体的なコミュニケーションの場面と状況を示してあげて、そこで使えるフレーズを教え、「わかること」「言えること」「できること」を増やしていくスタイルになる見通しです。

 「わかること」「言えること」が増えてから文法ルールを少しずつ学ぶ

 たとえば、初級レベルでは“What fruit do you like?”と聞かれた場合、最低限“Orange!”などと単語で答えられれば会話は成り立ちます。orangeを複数形にして“I like oranges.”などと言えたほうがより正確ですが、まずは細かなルールは問いません。複数と単数、aとtheの違い、三単元のsといった文法の正確さよりも、どんどん英語を使ってみることを目指します。

 特に3年生~5年生の間は、できるだけ英語で聞いてわかる単語やフレーズを増やし、その一部分が言えるようにしてあげることが大事だと思います。文字の書き方を習い始めてから、複数と単数などに注意を払い始め、中学に入ってもう一度それらを復習する中で、少しずつ文法的な正確さを増し、だんだんと形を整えていく。カリキュラムはそのような方針で進めるとよいでしょう。使える単語やフレーズが増え、知識が豊富になったところで文法のルールを学び、再整理ができると表現がより正確になって上達しやすくなると思います。

意味のわかる英語に「耳で慣れる」ことが大切

  言葉を身につける以上、慣れたり、覚えたりしなければならない部分はどうしてもあります。学校の授業だけではなかなか「慣れる」ところまでいかないかもしれません。しかし、英語が「勉強しなければならないもの」「イヤなもの」になってしまっては逆効果です。

 ご家庭では、お子さまが聞いて意味がわかるような英語を聞く機会を増やしてあげることをおすすめします。お子さまの好きな絵本の朗読や英語のアニメーション、ラジオなど、ほんの少しずつでいいので、なるべく毎日接する時間をつくってあげることです。英語を聞き取る素地ができると、しゃべるのも楽になりますし、自信がつくと思います。「慣れ」というのはとても大きいですからね。

 定型のフレーズを使いながら「自分」を表現する経験を

しゃべれるようになるためには、定型のフレーズをある程度繰り返して練習する必要があります。ただし、それだけでは飽きてしまいます。定型の練習と、そのフレーズを使って、あるいは前に習ったことをつけ加えて、自分が言いたいことを表現してみることの両方が大切です。

 たとえば“I like~.”というフレーズを使えば、自分の好きなものを表現できる。さらに学習が進めば「犬より猫が好き」「果物の中でいちばん好きなのはイチゴ」など、より複雑な表現もできるようになっていきますね。それを使って自分のことを言うチャンスを増やすようにします。

 間違えてもいいから、楽しみながら会話をしてみる-小学校の英語で大切なのはそのような素地をつくることです。保護者のかたも、お子さまを応援しつつ、一緒に英語を楽しんでみてはいかがでしょうか。

 

・・・保護者のかたも、お子さまを応援しつつ、一緒に英語を楽しんでみてはいかがでしょうか。」と、簡単に結論づけていますが、一緒に英語を楽しむ余裕のある家庭は現実にはどれほどあるでしょうか、と考え込んでしまいます。小学生をお持ちのご家庭では、日々の復習や予習をお子さん達にさせるだけでも大変なことです。この現実をさて置き、更に英語教育を家庭でも「楽しむ」ことを勧めるって、お母さん方には酷のように思うのは筆者だけでしょうか・・・。

posted by at 11:22  | 塾長ブログ

英語と歴史を同時に学ぶ 「史実を世界に発信する会」の英訳教科書 11

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp では、インフルエンザが流行していることもあり、塾生の健康管理には普段から気をつけています。より良く学ぶ為には万全の体調を維持する必要があります。

さて、

平成三十年二月九日からKoreaで始まる冬季オリンピックは、北朝鮮の核と長距離弾頭弾の開発がもたらす日・米とChina・南北朝鮮間の緊張のさなかで行われます。百年以上も前に、日本・朝鮮・清(China)との関係を、福澤諭吉が喝破していた通りの展開が現在も進行し、日本の国難は続いています。

そこで、この「英語と歴史を同時に学ぶ」の1で一部ご紹介した福沢諭吉の『学問のすすめ』と「脱亜論」の続きです。

『新しい歴史教科書』(新版・中学社会)(自由社)英訳シリーズ その8-第4章「近代の日本と世界(I)―幕末から明治時代」http://www.sdh-fact.com/CL02_2/Chapter%204%20Section%203,%204.pdf からの引用です。

 

Saving Japan from the “wildfire”

In the same line of thought, Fukuzawa hoped that Japan’s neighbors in Asia, Korea and Qing China, would also assert their independence in order to resist Western imperialism. He believed that all three nations would have to help their people accept enlightened values, quickly modernize their societal structures, and then join forces to defeat the encroachments of the Western powers. Contrary to Fukuzawa’s high expectations, events did not transpire in the way he had desired.

From the Opium War and onwards, China was repeatedly invaded by the Western powers, including Great Britain, France, and Russia, but it hesitated to modernize its political and social structures. Under the tributary system, Korea stagnated under Chinese tutelage and proved unable to institute the reforms needed to modernize its national defenses even as Russian power bore down on the Korean Peninsula from the north. Indeed, some Chinese and Korean leaders scorned Japan’s policy of “civilization and enlightenment” as “aping the West”.

Fukuzawa refused to simply turn a blind eye to the problems of Japan’s Asian neighbors. He explained the situation as follows:

“Europe’s current advance into Asia is just like a spreading wildfire. Japan cannot save itself from the wildfire just by building its own home out of stone. As long as the other homes in the neighborhood are built of cheap wood, Japan will have no chance of escaping the spreading flames.”

Thus, because Japan, Korea, and China were all homes on the same street, Japan would only be safe once it had ensured that the other two homes were also built of stone, if necessary by applying a degree of coercion towards their owners. This was the analogy Fukuzawa chose to illustrate Japan’s urgent need to modernize not only itself, but its neighbors as well.

 

「火事」から日本を守るには

 福沢は、同じ考えのもと、お隣の朝鮮も清(中国)も、外国に侵されない、独立した国になることを望みました。東アジアの3国が、自国の国民を啓蒙するとともに、社会の仕組みを一日も早く近代化し、互いに手を取り合って西洋のアジア進出に対処していかねばならない、と考えたのです。しかし、現実は、福沢の望み通りには進みませんでした。

 アヘン戦争以後の清は、イギリス、フランスロシアなど西洋列強によって国土を侵されてきましたが、政治や社会の仕組みの近代化が立ち遅れていました。朝鮮は、その清を宗主国とする冊封体制にとどまっていました。南下政策をとるロシアが朝鮮半島を狙っていることに対しても、近代的な国防の仕組みを十分につくることができませんでした。また、日本が開化政策をとっていることを、「西洋かぶれ」と反発した勢力もありました。

 福沢は、このような隣近所の国々のあり方を見過ごすことができませんでした。彼はその状況を以下のように説明しました。

「いま西洋が東洋に迫るその有様は、火事が燃え広がるのと同じである。この火事から日本という家を守るには、日本の家だけを石造りにすれば済むというものではない。近隣に粗末な木造家屋があれば、類焼は免れないからである。」

 日本・朝鮮・清という、お互いに隣り合う家屋の安全のためには、隣の家の主人を半ば強制してでも我が家に等しい石造りの家を作らせることが必要である。これが福沢の考え方でした。

 

時事新報 1882(明治15)年に福沢諭吉が創刊した新聞。1885年3月16日付に「脱亜論」が掲載された。

 

Korea’s failure to modernize and Leaving Asia

Within the Korean government, some politicians understood the gravity of the crisis their country was facing. One of them was Kim Ok-kyun. Fukuzawa was in contact with Kim Ok-kyun and other members of his Enlightenment Party, and he aided their efforts to have the Korean government pursue a pro-modernization agenda.

Fukuzawa also urged that all Koreans be educated to read and write in hangul, a Korean alphabetic script that was not widely used, despite having been invented by Korea’s ruling Choson dynasty in the fifteenth century.

Nonetheless, there were also many ultraconservative political figures in the Korean government who opposed the Enlightenment Party and sought to thwart their policies of modernization. In addition, China exerted military pressure on Korea to prevent it from breaking free of its tributary status and interfered with Korea’s progress towards modernization. In 1884 (Meiji 17), Kim Ok-kyun and the Enlightenment Party attempted to seize power with Japanese support in the hopes of completing the modernization of their country. This event, known as the Kapsin Coup, proved short-lived when the Chinese government declared its intention to “protect” its tributary and had its armed forces quickly crush Kim’s uprising.

The failure of the rest of East Asia to modernize did much to disillusion Fukuzawa. Immediately after the Kapsin Coup, he penned the essay Leaving Asia, which expressed his new way of thinking that, “Our country can no longer hope to resist the advance of the West by joining forces with Korea and China as they are now. From now on, we will have no choice but to work with the Western countries and play by their rules.” Regardless, Fukuzawa did not adopt an uncompromising stance right away. He continued to insist afterwards in his speeches and writings that China and Korea would experience a great awakening.

 

朝鮮近代化の挫折と「脱亜論」

 朝鮮政府の中には、自国の置かれている危うさに気づいている政治家もいました。その一人が金玉均でした。福沢は、金玉均たち開化派に働き掛け、朝鮮政府が近代化政策を進めるのを支援しました。

 朝鮮王朝によって15世紀に発明されながら十分に普及していなかったハングル文字を、国民教育のために使用することを勧めたのも福沢でした。

 しかし、朝鮮政府の中には、開化派に反感を抱く守旧派の政治家たちもたくさんいて、開化派が進めようとする近代化政策に反対しました。朝鮮を属国と見ている清は、朝鮮に軍事的な圧力をかけ、朝鮮の近代化政策に干渉しました。1884(明治17年)、金玉均たちの開化派は、日本を後ろ盾として、国の近代化を図るためのクーデターを起こしました。清は「属邦保護」を名目に干渉し、軍隊によって鎮圧しました(甲申事変こうしんじへん)。

 近代化が十分に進まない東アジアの状況に対して、福沢はなかば絶望しました。そして、甲申事変のすぐあとに、「脱亜論」という論文を発表し、「我が国は、もはやこのような朝鮮や清と連携して西洋の進出に対抗することはできない。これからは、西洋諸国のやり方に従って、付き合うしかない」と主張しました。しかし、すぐに強硬な姿勢をとったわけではなく、その後も朝鮮や清の覚醒を期待しつつ、粘り強く言論活動を続けました。

・・・「進取の気象」に富む日本の先人達は、困難な状況でも希望を失わず、前向きに物事に取り組んできました。現在の日本を取り巻く状況も、Chinaや北朝鮮、ロシアの「核」の脅威が厳として存在する以上、日本は存亡の危機に瀕しています。七〇年以上の見せかけの「平和」に狎れ、所謂「平和ボケ」から日本人自身がいち早く脱却しなければ、福澤諭吉が危惧していた「脱亜論」で言う所の「支那・朝鮮」と同様の苦しみを、子供達が味わうことにもなりかねません。その為にも、学校で学ばない「近現代の歴史」を学ぶ必要があります。

posted by at 16:14  | 塾長ブログ

行動観察 はじめの一歩

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室 羅針塾学習塾です。
https://rashinjyuku.com/wp

羅針塾学習塾幼児教室の幼児さん達。
進級年度へ向けて新しい学びを始めています。
一人で遊んだり、取り組んだりすることから
仲間と協力し合っての学びへ。
基本は先生とマンツーマンの学びですが
きちんと仲間と取り組む学びもしますよ。

今年度の私立小学校受験の行動観察では
羅針塾学習塾で学んだことがそのまましっかりと
試験に出ました。
時間をかけ、何度も何度も学び直した結果です。

「子供に通塾時の様子を聞いて、単なる遊びかと思っていました。
先生方の指導がそのまま試験本番で反映され羅針塾学習塾で学ぶことは
すべて大切なことなんだ。と実感しました。
事前に取り組むと、取り組まないとでは試験の時に落ち着いて
できないと思います。ありがとうございました。」

行動観察を観るポイントはいくつも合って
子供一人一人の個性に合わせて指導しなければいけません。
ただ、受験だからではなく
乳児から幼児へそして小学生へと
成長した学びが必要です。
仲間と協力し合うこともだんだんとできるようになります。
一つ一つ考え、取り組み慣れていくことが大事です。

「ハキハキ!元気!賢い子」
五感をたくさん使うから羅針塾学習塾の幼児さんは
賢いのだと考えます。
よく観て、よく聴いて、よく考える。
どんなに幼くても自分自身の意思を
しっかりと伝えることができる塾生さん達です。

posted by at 15:59  | 学習塾・幼児教育

新一年生の不安

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室 羅針塾学習塾です。
https://rashinjyuku.com/wp

春に新一年生になるお母様達の
色んな不安相談室を毎回開設中。
(笑)
入学式が終わり通学までの日々はどうなることやらと
気が気ではない。
幼稚園、保育園とは全く異なるので。
春になると、羅針塾学習塾も変則的な時間で開けていきます。
塾生さんの学校に合わせてです。

「先生に相談してよかった。安心して働けます。」
「先生!ど〜しましょう。」
次々と予期せぬことや不安もありますが
なんとか乗り越えられます。
御縁をする、お母様達には
お手伝いできることはしますから
遠慮なく言ってください。とお伝えしています。
そうやってみなさん新一年生を乗り越えていきます。

「ハキハキ!元気!賢い子」
やっぱり母は忙しいのです。
家事に仕事に子供達の世話にと。
お母様達に少しでもゆとりがないと
賢い子は育ちません。
みんながニコニコハッピーな毎日で。
羅針塾学習塾が目指しているものです。

可愛いキャップと鉛筆はお父様からのプレゼント。
よかったね〜。

posted by at 09:04  | 学習塾・幼児教育
さらに記事を表示する

月別アーカイブ

長崎|羅針塾学習塾トップページ

羅針塾 SNS

  • Facebook
  • Instagram
  • Twitter
PAGE TOP

新着ブログ

  1. 長崎市江戸町にある難関大学・医学部を目指す幼児教室 学習塾です幼児期か…
  2. 長崎市江戸町にある難関大学・医学部を目指す幼児教室 学習塾羅針塾です…
  3. 長崎市江戸町にある難関大学・医学部を目指す幼児教室 学習塾羅針塾です…
  4. 長崎市江戸町にある難関大学・医学部を目指す幼児教室 学習塾羅針塾です…
  5. 長崎市江戸町にある難関大学・医学部を目指す幼児教室 学習塾羅針塾です…

月別アーカイブ

羅針塾 SNS

  • Facebook
  • Instagram
  • Twitter