海外の人と話していると、自国のことを非常に誇りとしていることが分かります。
それは、親兄弟や祖父母というルーツに加え、生まれ育った国への忠誠心が基本にあります。
それと比較して、現在の日本人はどうでしょうか。
長崎市五島町の羅針塾 学習塾・幼児教室では、子供達に現在から未来を切り開くには、過去の歴史を学ぶことが大事であることを伝えています。
家族、郷土、国に対する愛情が濃いほど、誇りや自信になります。
「元気のでる歴史人物講座」日本政策研究センター主任研究員 岡田幹彦氏の記事(産經新聞)から・・・
<神武天皇 国民を幸福に…建国の詔>
世界いずれも自国の建国を祝わぬ国はない。
わが国は神話の時代から今日まで断絶することなく連綿と続いてきた世界で唯一の王朝である皇室を戴(いただく)く国である。
これが私たち日本国民の誇りでないとするならば、一体ほかに何が誇りであろうか。どうしてわが国にはヨーロッパやシナのように革命による断絶がなく、かくも長く一系の王朝が存続してきたのであろうか。
全く不思議である。
その理由は何か。答えは神武天皇の建国の詔(みことのり)にある。
その一節。「いやしくも民に利(さち)有らばいかにぞ聖(ひじり)の造(わざ)(天皇の仕事)に妨(たが)わん」(日本書紀)。
国民を幸福にすることこそ天皇の任務という意味である。わが国は古来、国民のことを「大御宝(おおみたから)」とも呼んだ。
宝物として大切に守るというのが皇室の国民観である。天皇、皇室の最重要の任務は祭祀(さいし)である。
皇祖、神々を祭り常に「国安かれ民安かれ」と祈られ、国民を大御宝としてわが子としていつくしみ情愛をほどこされてきたのである。それが皇室の一貫した責務、不断の掟(おきて)であり不滅の伝統にほかならない。それゆえ代々の日本国民は天皇を国家の中心として戴くことを悦びとしありがたく思い、心より敬愛し仰慕し忠誠を尽くしてきたのである。この世界に比類なき日本の国のあり方を深く思い、祖国の永久を祈る日が今日の佳(よ)き日である。
「建国記念の日」と定められた2月11日は、かつての祝祭日のひとつ、紀元節でした。
紀元節は、『日本書紀』が伝える初代天皇である神武天皇即位の日として、1872年(明治5年)に制定され、昭和23年に米国の占領政策の一環として廃止されました。昭和41年に改めて制定されたものです。
神武天皇とは
神武天皇とは?
日本神話に登場し、古事記や日本書紀は日本の初代天皇であり皇統の祖としています。
日本書紀によれば、天皇在位期間は、辛酉年(紀元前660年・神武天皇元年)1月1日 (旧暦)~ 神武天皇76年3月11日 (旧暦)。
歴史学会ではその存在を疑問視する説もあります。
しかし、『日本書紀』においては、年月日は全て干支で記してあり、神武天皇の即位年月日は「辛酉(かのと・とり)年春正月庚辰(かのえ・たつ)朔(さく)」とされていますので単なる神話とは言えないのではないでしょうか。
『日本書紀』『古事記』の神武天皇の記述は東征を中心に描かれています。
即ち、日本神話において、初代天皇 神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)(神武天皇)が日向を発ち、大和を征服して橿原宮で即位するまでを記した説話です。日向の都を大和に移す意味で「東遷」と呼ばれることもあります。
尚、ギネスブックでは神武天皇の伝承を元に、日本の皇室を世界最古の王朝としています。