本日は、第126代天皇徳仁(なるひと)今上天皇陛下の御誕生日です。
日本の未来を担う子供達には、本日の祝日の意味合いをしっかりと認識しておいて欲しいと思います。
その意味で、素晴らしいエピソードがメルマガで配信されていましたので、引用してご紹介します。
「天皇陛下のおもてなし」――駐日外交団長が語る 致知出版社の人間力メルマガ(2022.2.23)
本日2月23日は天皇陛下のお誕生日です。
日本の歴史、文化を外国人の視点から見つめ、
その素晴らしさを広く発信してきた
駐日外交団長のマンリオ・カデロさんに、
改めて噛み締めたい天皇陛下のお心遣い、
感動エピソードをお話しいただきました。
※内容は2015年掲載時のものです。〈カデロ〉
日本人の精神性の原点であり、
最も象徴的なのが天皇陛下であられるのではないかと思います。私が日本に対して一番不思議なのは、
国民の多くが自国の成り立ちについて知らないことです。
今上陛下が125代であられることだけでなく、
初代が神武天皇であること。また、諸説あるにせよ、神武天皇を起源とすると、
2670年以上も男系の子孫がずっと皇位を
継承していることすら知らない学生もいます。むしろ、諸外国のほうがその事実の重みを認識しています。
だから海外では陛下のことをEmperor(皇帝)と呼ぶのです。
King(王)、President(大統領)、
Prime Minister(首相)より断然格上である
というのが世界の常識です。
国賓として来日する各国の要人は、
陛下との公式行事には最高儀礼である服装で出席します。私は外交団長という肩書をいただいていますが、
これは名誉職であり、
特に何か権限を得るわけではありません。
しかし立場柄、陛下にお目に掛かる機会が
多いことが何よりの喜びです。例えば、陛下が他国をご訪問される際は、
訪問国の駐日大使とともに
出発のお見送りと帰国のお出迎えをします。また、天皇誕生日のお茶会の儀では、
各国の大使を代表して
祝賀スピーチを行う大役を仰せつかっており、
毎年どのような言葉でお祝い申し上げたら
陛下が喜ばれるか頭を悩ませるところですが、
大変光栄で身の引き締まる思いです。そんな中でいまも心に残る思い出があります。
昼の12時から約3時間、
天皇皇后両陛下とご陪食をさせていただいた時のことです。食事が始まると、陛下が皇太子時代に
サンマリノ共和国にいらしたことがあると
おっしゃってくださいました。
私の故郷のことを話題にすれば
話が弾むとお気遣いくださったのでしょう。
おかげであっという間の3時間でした。楽しく過ごさせていただきましたが、
その間、部屋の中にはずっと静かに
心地よい音楽が流れていました。
私は音楽が大好きです。
日本のオーディオはさすがに素晴らしいと思い、
不躾にも陛下に質問をしました。「この部屋に流れている音楽は
とても素晴らしく感動しました。
どのようなアンプとスピーカーを
使われていらっしゃいますか。
恐れ入りますが、拝見させていただけないでしょうか」すると陛下はにっこり微笑まれて、
カーテンを開けてくださいました。
するとそこには小さなオーケストラがいたのです。こんな素敵なおもてなしはあるでしょうか。
私は感動して思わず拍手をしてしまいました。
同席した他の大使も同様です。
他国の王室でも生演奏でもてなすことはありますが、
オーケストラを隠すようなことはせず、
むしろ客人に見せるようにするでしょう。もしかすると陛下は、オーケストラが見えると、
私たちが演奏の終わるたびに拍手を
しなければいけないからと
気遣ってくださったのではないでしょうか。あの日のことは一生の思い出であり、
改めて陛下のお心遣いに感服させられた出来事でした。
・・・筆者は何度かこの話は目にしてきたものですが、改めて陛下のお心配りには感動します。
また、これを紹介された駐日外交団長のマンリオ・カデロさんのお話の暖かさが伝わってきます。
サンマリノ共和国特命全権大使 マンリオ・カデロは、イタリアのシエナにて出生。イタリアで高等学校を卒業後、パリのソルボンヌ大学に留学。フランス文学、諸外国語を学ぶ。専攻は語源学。日本語を含め7ヵ国語を話す。
パリ滞在中の 4 年半の間、ウィーン大学、シエナ大学、マドリッドのマンゴルド学院等の夏期講座や言葉・ 文化コースにて研鑽を積む。語源学を修了卒業した後、ミラノの大手新聞社コリエレ・ デッラ・セーラの出版部門でアシスタントジャーナリストとしてのキャリアを始める。
初めての来日は1964年の東京オリンピックの年。
1975 年に日本のジャーナリスト特派員として来日、東京に移住。
イタリアの大手出版社と提携し、イタリアの情報、ルポルタージュ、ニュース等の新聞雑誌を日本に紹介するサービスを主とする事務所を東京に開設。
複数のイタリア出版社の特派員やチーフマネジャーなど1999 年までこの業務に従事した。
イタリア国立ジャーナリスト協会、日本記者クラブ、東京商工会議所の一員である。1986年、駐日サンマリノ共和国総領事に任命される。
日本や極東地域でのサンマリノ共和国の様々なプロモーション活動が認められ、以下の勲章を受章する。
1994年 聖アガタ騎士勲章
1999年 聖アガタコメンダトーレ勲章
2003年 聖アガタ大十字勲章
2010年 イタリア共和国騎士勲章
2014年 日本の武士道協会から表彰される (http://rsm-giappone.com/jp/jp_ambassador/より引用)