‘ 羅針塾 ’ の投稿記事一覧

「人を育てる力」

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室 羅針塾 https://rashinjyuku.com/wp では、塾生の教育に役立つ情報を常に摂取しています。先日「肥前佐賀幕末維新博覧会」が開催されている佐賀城本丸歴史館に研修に参りました。

佐賀城本丸歴史館資料館

上記資料には、「佐賀藩は、外様各藩の中で八番目の石高三十五万七千石を誇り、二百六十年もの長きにわたり鍋島家が治めました。佐賀城本丸歴史館は、十代藩主鍋島直正が天保九年(一八三八)に再建した本丸御殿を忠実に復元した、日本最大級の木造建築です。」とあります。

鍋島直正公銅像

佐賀城本丸歴史館の資料の一つに齋藤孝明治大学教授の「佐賀藩の『人を育てる力』の秘密とは?」があります。引用してご紹介します。

藩全体がまるで「学校」だった

佐賀藩はなぜ、多くの優れた人材を輩出できたのか。それを考える際、やはり10代藩主鍋島直正(閑叟 かんそう)の功績は無視できません。幕末の佐賀藩には、藩校の弘道館のみならず、蘭学、英語などを学ぶ場所があり、まさに開かれた学問の世界があった。直正は蘭癖(らんぺき)と呼ばれるほど西洋文化を積極的に吸収し、藩全体にも奨励しました。明治維新は下級武士から起こった改革と言われますが、佐賀藩ではそれを藩主自らリードしたのです。

ただ、学校があれば人材が育つとは限りません。もちろん、講道館の役割は大きかったと思いますが、私はむしろ、佐賀藩に受け継がれてきた歴史や精神こそが人材を輩出する土壌を作り、それをまとめ上げたのが直正だったと考えています。

では、佐賀藩の土壌となったものは何か。一つは佐賀藩が長崎の警備を担当してきたという歴史です。つまり佐賀藩は200年以上にわたり直接、オランダ、中国から技術や情報を手に入れてきました。

特に幕末には、中国でアヘン戦争が勃発、日本への影響を想定すれば、それらに対処するため、世界情勢や国際法に精通しておかねばならないし、武力も必要になります。

直正は「先憂後楽(せんゆうこうらく)」を座右の銘にしていたそうですが、このような状況に直面し「先に憂えた」からこそ、知識や見識を広げる必要性を感じ、反射炉や鉄製大砲、実用蒸気船まで作った。直正および佐賀藩の先進性は、こうした危機感から培われたものだと思います。

・・・義務教育や高校の歴史教科書では、表面的な説明しかしませんので、佐賀城本丸歴史館資料館などの施設を見学すると、より理解が深まり学ぶ意欲も増してきます。

江藤の先進性を育んだ佐賀藩の風土

佐賀藩が生んだ人物の中で、直正の思想を受け継いだ人物の一人に江藤新平(えとうしんぺい)がいます。彼は安政三年という早い時期に「図海策(とかいさく)」を記し、「通商を盛んにし、軍艦を買って富国強兵をすべし」と主張しています。ただ、この主張は、江藤一人の発明ではない。そこには直正の思想や佐賀藩の風土が色濃く反映されています。

 佐賀藩がユニークなのは「攘夷」と聞いて「外国船を打ち払えばいい」という思考に陥ることなく、むしろ国を開き国力を増強をし、日本の独立を守ることが真の攘夷だと考えたことです。「攘夷」と「開国」は、本来すぐには結びつきません。ただ、本当の攘夷とは「日本の独立を守ることである」と考えれば、むしろ国を開き国力を高めるべきだという考えに至ります。

 こうした日本の独立は保たねばならないという思いが、佐賀藩士たちの共通認識となったのでしょう。早稲田大学を創設した大隈重信(おおくましげのぶ)が「学問の独立」を建学の精神に据えたのも、副島種臣(そえじまたねおみ)が外務卿として優れた業績を上げられたのも、佐賀藩のこの精神風土が大きく影響していると感じます。

・・・江藤新平は、初代司法卿として明治新政府の法制度の確立に努め、三権分立に基づく国家制度の構築に尽力しました。しかし、志半ばにして非業の死を遂げます(享年四十一)。

様々な逸話が残されていますが、一例をご紹介すると、

自分が低い身分から起ったので、司法卿に栄進しても少しも尊大ぶらず、面会を求むる書生は誰でも引見し、その才幹を認むれば直ぐにも登用した。それ故、郷国の官途につこうとする者は、先ず江藤を訪い、志望を述べ採用を頼むので、その私邸にも役所にも常に一二人の訪問者が絶えなかったそうだ。新平はこれ等の人を引見しては、先ず先に『貴公は本を読むか』と尋ねる。読みますと答えると、『どういう種類を読むか』と反問して、その答えに依りてその人物を察し、登用の程度を決めたそうである。まだ第二の試験方法としては、政治法律上の問題をあたえて、これについて意見を書いて来いと言い、論文を徴するか、または直に論題を提出して、その議論を聴取するのが例であった。この試験に及第しさえすれば、即日にも採用するが、もしこれに落第した者は如何なる情実があろうが、決して用いる事はなかった。ゆえに江藤の登用した人物には、一人として屑は無く、適材を置くの主義で、皆一廉の働きを現した。(『江藤新平』鹿島桜巷著 実業之日本社)

・・・江藤新平の七言律詩句に、

「才(さい)短(たん)にして

百方(ひゃっほう)の功(こう)

未(いま)だ就(な)らず

途(みち)窮(きゅう)すれど

千里の志 猶(な)お存す」

と、あります。江藤新平は、「維新の十傑」「佐賀の七賢人」の一人に挙げられます。

江藤新平(司法卿時代)佐賀城本丸歴史館蔵

十代藩主鍋島直正(閑叟 かんそう)の

「彼は異日有用の器たり。之を斬に処せしむべからず」

と述べていた逸話も残されています。

posted by at 09:23  | 塾長ブログ

行動観察を観て考える

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室 羅針塾学習塾です。
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幼児さん達の行動観察を観る時、気をつけていることが
常々あります。それは・・・
一人一人の良さを壊してしまわないこと。

一人一人の良さは千差万別です。
リーダシップを常にとる子。
周りを観察してから動き出す子。
簡単に言ってしまえばこの位・・と
言われるかもしれませんが
いつも観ている私達からは本当一人一人異なるなぁと。

良さをキラッと光らせながら
やりすぎ!とならないように。
ここが日本人としての教育の面白いところです。
しかし、他人を思いやり率先して考え動く。
日本人にしか出来ないことだと思います。

「ハキハキ!元気!賢い子」

しっかりとお話を聞ける。
自分自身の思いを伝える。
何が一番いいかよく考える。
幼児期で学ぶことは
この先の学校生活での
思考力・判断力・表現力に繋がっていきます。
羅針塾幼児教室の幼児さん達は
日々、様々な行動観察で賢くなっています。

羅針塾にも庭先回りで来ましたよ。
おくんちもあっという間に終わり
秋深しとなっていきます。

posted by at 14:36  | 学習塾・幼児教育

受験の時期が近づく・・

長崎市五島町にある学習塾 幼児教室 羅針塾学習塾です。
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長崎大学教育学部附属小学校は、今日から秋休み。
初めての通知表を見せてもらいました。
「素晴らしい!」パチパチパチパチ・・・
力試しの結果も素晴らしかった。よく理解していました。
この秋休みが終わると幼稚園・小学校受験も
いよいよだと感じます。

今年度の受験生は何だかとってもピリッとしています。
学びの内容はまだまだ磨かないといけませんが
夏期講習後、顔が引き締まってきました。
毎年、受験生を見ていてやっぱりこうも違うものか・・と
感じています。
ただ、固まりすぎて肩に力が入りすぎないように。と
気をつけなければいけません。
最後まで気を抜かずに取り組んでいきます。

「ハキハキ!元気!賢い子」

丁寧に日々取り組む。
大事なことだと思います。
ゆっくりとした時に、復習を丁寧に。
苦手をじっくりと。
こんな時間が理解を深めます。
沢山沢山解きこなす。ではなく
良問をしっかりと理解して解く。
応用した良問をしっかりと考える。

賢くなる一歩。
合格へ向けての一歩です。

長崎大学教育学部附属小学校の終業式の後
早速、通塾した塾生さん達。
沢山、お楽しみ会を行いました。
その一コマ。ドミノ倒し大会です。

posted by at 15:22  | 学習塾・幼児教育

第26回 羅針塾学習塾親子セミナー

長崎市五島町にある学習塾 幼児教室
羅針塾学習塾幼児教室です。
https://rashinjyuku.com/wp

〜自分を知る〜

自分自身のルーツをどれくらい知っていますか?
自分自身にまつわることを聞いたり調べたりしてみよう。
もっと、もっと関心を持ち自分自身のことを知っていなくてはいけません。
今からの時代、自分自身のことを語れないと
あれれ??となってしまいます。

日時 平成30年10月14日(日)

時間 11時〜13時30分

講師 第12期「寺子屋の先生」養成講座認定講師
八木 海平氏

参加費用 500円(一家族)

お申込み方法 羅針塾学習塾 問合せフォーム

posted by at 14:18  | 学習塾・幼児教育

本庶佑氏(京都大学特別教授)ノーベル医学生理学賞受賞

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室 羅針塾 https://rashinjyuku.com/wp では、日々世界中の様々なニュースの中から、塾生にとって有益な情報を示していきたいと考えています。

新たな台風の接近に一憂している中、素晴らしいニュースが飛び込んできました。

[ストックホルム 1日 ロイター] – スウェーデンのカロリンスカ研究所は1日、今年のノーベル医学・生理学賞を、免疫システムを用いたがん療法で画期的手法を開発した米テキサス大のジェームズ・アリソン教授と京都大学の本庶佑・特別教授に授与すると発表した。

 

2018年ノーベル医学生理学賞を受賞した本庶佑氏(写真左)と米国人のジェームス・アリソン氏(2014年9月18日撮影、2018年10月1日作成)。(c)Sam YEH / AFP〔AFPBB News〕

これについて、わかりやすい解説をされている記事(JB PRESS 伊東乾氏)がありましたので引用致します。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54279

(前略)

ノーベル財団のHPは今年の授賞を

“for their discovery of cancer therapy by inhibition of negative immune regulation.”

 「彼らの、免疫抑制機構を停止することによる癌治療の発見」に対して授与したとしています。

(中略)

「彼ら」が発見したのは

 「ガン細胞が、私たち人間が誰しも持っている免疫という本質的なシステムのウィークポイントを利用して、一掃されないよう忖度させていた(negative immune regulation.)免疫の働きを停止(inhibition)させて、私たち自身の免疫の力によってガンをやっつけるという、本質的に革新的なガン治療法を見出すに至る、基礎的な免疫の分子生物学メカニズムを明らかにしたこと」 が評価されているわけです。

(中略)

この仕事の背景には2つの選考業績があります。

 1つは「モノクロ―ナル抗体の発見」(1975 G.ケーラー C.ミルステイン → N.イェルネと共に1984年ノーベル医学生理学賞受賞)

 いま1つは「抗体(免疫グロブリン)」が自在に変形する特異な遺伝子機構の解明(利根川進 1976 → 1987年ノーベル医学生理学賞受賞)

 これら2つの、免疫学における最先端の業績を横目に、日本と米国を往復しながら免疫学の先端で業績を上げていた東京大学医学部の本庶助手は考えます。

(・・・どうして、抗体は自由自在に形を変えるのだろう・・・)

 世の中には、無数と言っていいほど、多種多様な黴菌やウイルスが存在します。しばしばそれらは進化して、より質が悪い形をとって私たちに襲いかかってくる。

 ところが不思議なことに、私たち生物(脊椎動物)は、そうした未知の敵に対して、的確に攻撃を仕かける免疫のシステムを持っており、抗体が様々な形に変って、ピンポイントで敵をやっつけていく。

 その大きな謎に、同世代(生まれ年で2学年違い)で、同じ京大で理学部出身の利根川さんが決定的な業績を上げ、答えを出したのが1976年でした。

 37歳の利根川さんが過去7年間無駄なペーパーゼロで、この仕事だけに取り組み、場外ホームランを打ち上げることに成功するのを34歳の本庶助手はまぶしく見たに違いありません。

 早くからこの分野の基礎に業績を上げていた本庶青年は38歳で阪大医学部教授、43歳で京大医学部教授と、基礎研究の王道を進み、ガン治療の特効薬探しなどをしていたわけではありませんでした。

 1992年、本庶研究室の大学院生石田靖雅氏は、研究していた免疫細胞の一つ T細胞が(古くなるなどして自ら命を絶つ)「自殺」(アポトーシス)を行う際に現れる特異的な「鍵穴」(受容体分子)を見つけます

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC556898/pdf/emboj00096-0084.pdf

ちなみにこのとき本庶さんは50歳です。

この鍵穴が何であるのかは、しばらくのあいだ分かりませんでした。しかし、地味で地道な基礎研究の結果、この鍵穴は免疫活動を抑制する働きのある鍵穴であることが分かりました(1997-2000)。

http://jem.rupress.org/content/192/7/1027

 本庶先生が55から57歳にかけてのお仕事になります。さて、これは面白いものを見つけました。

 つまり、ここに「鍵」を指し込めば、オソロシイ免疫細胞の攻撃を免れることができるわけです。この鍵穴が報道されている「Pd-1」と呼ばれるもので、一部のガンはこれを活用していることが分かりました。

ガンの治療が難しいのは、それが「私たち自身」の細胞であることによります。免疫は異物を除去していきますが、私たち自身の細胞は、自己自身であるため免疫機構の攻撃を受けません。

 ガン細胞はそれを知っていて、鍵穴PD-1に合致する鍵PD-L1を表面に帯びているのです。

(中略)

だとすれば、仮にこのPD-1に対応する抗体(抗PD-1抗体)を的確に設計して、ガン細胞より先に免疫細胞に結合してやれば、細胞は本来の免疫システムを発揮して、ガンをたちどころに退治してしまうことができるはすです。

 実際、そのような抗体を、先ほど記した「モノクローナル抗体」としてデザインすることで、本庶グループはガン治療を一変させることに成功します(https://academic.oup.com/intimm/article/17/2/133/843513)。

(中略)

本庶先生のお仕事は20代にスタートし、30代同世代チャンピオンのノーベル賞も横目に40代、50代と地道に、素朴に「なぜ?」を考え、基礎メカニズムの解明に集中してきた研究者が60歳を過ぎて、実際にそれを治療に応用してみよう、と一歩を踏み出し、結果が結実したものと言えます。

 2004年に基礎医学の成果として可能性が示された、自分自身の免疫力でガンを根治するモノクローナル抗体=「忖度から鍵穴を守る水戸黄門の印籠」は「免疫チェックポイント阻害療法」として臨床応用が検討開始。

 2010年「ニボルマブ(Nivolumab)」と呼ばれる「IgG4 PD1」抗体の臨床試験開始が公表され、2014年、世界で初めて日本で製造販売が承認、同年9月 小野薬品工業から商品名「オプジーボ」(https://www.ono-oncology.jp/contents/patient/opdivo_about/03.html)として発売され、臨床で治療実績を上げ始めます。

 本庶先生はすでに72歳、前年には文化勲章も受けた碩学が、70代にして基礎研究を臨床応用に結びつけ、実際に全世界の患者さんの救命に利用されるようになりました。 それから今回のノーベル医学賞まで4年です。

・・・本庶佑先生(京都大学特別教授)が倦まず弛まず、「何故?」と考え続け、並外れた精進を続けてこられたからこそのノーベル賞受賞です。正に、「世の為、人の為」と、未来をかける若人にとっても大きな目標となります。

 

 

 

 

posted by at 08:13  | 塾長ブログ
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