‘ 羅針塾 ’ の投稿記事一覧

伸び悩む一番辛い時期

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室 羅針塾学習塾です。
https://rashinjyuku.com/wp

毎年、梅雨の時期になると、
何故だか氣合いが入った学びができない
塾生さん達。
なんだかスカッとしません。
身体もだるい時期だし
眠たいし・・・
集中力も低下・・・・

こんな時は基本練習に戻ります。
時間を決めて淡々と。しっかりと。
復習にも力を入れる時
少ない問題数でも確実に満点をとれるように。

幼児さん達は手を使うこと。
色々なものを使い
様々なことに取り組んでいます。
これが楽しいらしく黙々と取り組んでいます。
「ハキハキ!元気!賢い子」

伸び悩む原因は色々と考えられますが
一人一人の取り組み方を観て
やり方を考えていきます。
どんな時でも「あっ!できた!」と手応えがあるように
してあげたいと考えています。
辛抱してやり続ける時こそ力がついているのです。
諦めずに前向きに。
賢い子になるために!

「先生も育ててください」と御家族で作った苔玉。
小学生の塾生さんから預かりました。
乾燥しないように、セッセ、セッセと水やり中です。

posted by at 15:02  | 学習塾・幼児教育

何故学ぶのか 勤學 塙保己一

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp は、情報が溢れる現代だからこそ、限られたものの中から精選して学ぶ価値のあるものを熟読玩味する必要があると考えます。

先のブログでご紹介した「幼學綱要(ようがくこうよう)」卷之三 勤學第六 には、勤學についての数多くの古人聖賢の逸話が紹介されています。そのうちの一つをご紹介します。

塙保己一 源氏物語を講す

 

塙保己一(ハナワホキイチ)ハ、武蔵(ムサシ)ノ國兒玉郡保木野(ホキノ)村ノ人ナリ。幼時病テ明ヲ失フ。年十五ニシテ江戸ニ出ズ。雨富某ノ家ニ寄リ。絃歌鍼治ヲ學ブ。成ラズ獨古書ヲ好ミ。一書ヲ得レバ。則人ニ請テ之ヲ讀マシメ。一事ヲ聞ケバ。則人ニ請テ之ヲ校セシム。聞ケバ輒誦ヲ成シ。心耳ト謀リ。遂ニ文字ニ通ズ。萩原。川島。山岡ノ諸人ニ從テ。漢籍ヲ受ケ。皇朝ノ學ヲ修メ。傍ラ律令ヲ學ブ。年二十四。賀茂真淵ノ門ニ入リ。益皇朝ノ學ヲ勤ム。凡ソ皇朝ノ歴史。律令格式ヨリ。歌書物語及ビ漢籍ニ至ルマデ。渉猟シテ暗記セザルコト無シ。遂ニ和學講談所ヲ設ケテ教授ス。門徒頗ル盛ナリ。壯歲ヨリ。群書類従編輯ノ業ヲ起シ。四十五年ヲ閲シテ。千二百七十部六百七十卷ヲ刻ス。續編千八百部。又繼デ成ル。共ニ三千七十部ナリ。保己一。嘗テ源氏物語ヲ某氏ニ講ズ。日暮テ風燈ヲ滅ス。坐人暫ク講ヲ輟メムコトヲ請フ。保己一曰ク。何ノ故ゾ。曰ク。風燈ヲ滅ス。當サニ之ヲ點ズベシ。保己一笑イテ曰ク。目アルノ人。誠ニ事ニ便ナラズト。

「塙保己一は、武蔵国兒玉郡保木野(ホキノ)村の人である。幼い時に病により失明する。齢十五歳で江戸に出る。雨富某(ぼう:意図的に名を示さない)の家に寄宿する。絃歌(琵琶・箏・三味線など弦楽器を弾きながら歌う歌)鍼治(鍼を用いて治療する術)を學ぶ。(しかし)成就せず、独り古書(昔の書物)を好む。一つの書を手に入れれば、即座に人に請うてこの書を読んで貰う。あることを聞けば、即座に人に請うてこれを校(比べあわせて正すこと、調べること)させる。聞けば、直ぐに(ただちに)、謡いだす。心耳(心で聴くこと)を謀る(努力する)ことにより、遂に文字に通暁(つうぎょう:隅々まで知ること)する。萩原、川島、山岡の諸人(多くの人、様々な人)に従い、漢籍(支那の書籍)を學び、皇朝(皇国の朝廷)の學問を修める。その傍ら、律令(律は刑法、令は行政法、訴訟法などにあたる)を學ぶ。齢二十四歳のとき、賀茂真淵の門に入り、益々、皇朝の學問に勤む(いそしむ:努めること)。凡そ(そもそも)皇朝の歴史、律令格式、歌書(和歌についての書物。歌集や歌学書・歌論書)・物語(日本の古典文学で「竹取物語」「伊勢物語」にはじまり、「宇津保物語」「源氏物語」を頂点とし、鎌倉時代の擬古物語に至る物語を指す。)及び、漢籍に至るまで、渉猟(たくさんの書物を漁り読むこと)して暗記しないことはなかった。そしてついに、和學講談所を設立して教授することになる。その門弟は非常に多かった。壮年(働き盛りの年齢)より、群書類従の編輯(一定の方針のもと文献などを集めてまとめること)の作業を始め、四十五年間閲(けみ:校正の目的で調べること)して、二百七十部六百七十卷を刻(版木を製作)する。続編千八百部もまた続いて成す。併せて三千七十部である。

塙保己一がかって源氏物語を某氏(ある人)に講義をした。日が暮れて、風で灯火が消えてしまった。その場の受講者が暫く講義を止めてほしいと要請した。保己一が曰く、何の理由で講義を止めるのだ、と。曰く、風で灯火が消えたので、火を点ずるのです、と。保己一笑って曰く、目が視える人は、かえって必要なときに不便なものですね、と。」

絹本著色塙保己一像(住吉広定(弘貫)筆、個人蔵、福島県指定重要文化財) ウキペディアより。

塙保己一(はなわほきいち)(1746―1822) 

江戸後期の国学者。延享(えんきょう)3年5月5日生まれ。武蔵(むさし)国児玉(こだま)郡保木野(ほきの)村(埼玉県本庄(ほんじょう)市児玉町)の百姓荻野宇兵衛(おぎのうへえ)の長男。幼名寅之助(とらのすけ)。7歳、病により失明、辰之助(たつのすけ)と改称。15歳、江戸に出、雨富検校須賀一(あめとみけんぎょうすがいち)に入門、千弥と改名。翌年、須賀一の勧めで、歌学を萩原宗固(はぎわらそうこ)に、神道を川島貴林(たかしげ)に学ぶ。のち故実を山岡浚明(まつあけ)に、医学を東禅寺の孝首座(こうしゅそ)に学ぶ。18歳、保木野一と改名。24歳、宗固の勧めで賀茂真淵(まぶち)に入門。30歳から塙姓(須賀一の本姓)を称し、名も保己一と改める。34歳、各地に存する未刊の国書を叢書(そうしょ)として出版することを志し、41歳(1786)から『群書類従』(530巻1270種)の刊行を開始し、幕府の援助を得て、74歳(1819)完成する。当時の本屋は仲間以外の出版物を扱わなかったので、販売面でも苦労し、年頭には予約購読者を訪ねて挨拶(あいさつ)して回ったという話も伝わる。
 48歳(1793)江戸・表六番町和学講談所を開設し、後進の教育と、図書・史料の研究調査活動を進めた。温故堂の号は、初め松平定信(さだのぶ)が講談所に命名したもの。『大日本史』の編纂(へんさん)・校訂に協力したほか、『続群書類従』『史料』などの出版も計画したが未完成に終わる。76歳、総検校となる。著書に『花咲松(はなさくまつ)』『武家名目(みょうもく)抄』などがある。『群書類従』の版木1万7244枚は東京都渋谷区東の温故学会に、和学講談所の蔵書は国立公文書館に現蔵。文政(ぶんせい)4年9月12日没(文政5年7月9日公儀に届出)。76歳。墓は東京都新宿区若葉町の愛染院と埼玉県本庄市児玉町の竜泉寺とに現存する。本庄市には記念館があり、生家も保存されている。[梅谷文夫]
『太田善麿著『塙保己一』(1966・吉川弘文館) ▽温故学会編『塙保己一研究』(1981・ぺりかん社)』
大日本百科事典からの引用

・・・塙保己一は、一度読んでもらい、口ずさむと覚えてしまうという天才的な暗記力の持ち主です。日本の歴史上、このように天才的な頭脳の持ち主は幾人か存在します。古事記の口承(歌い継ぎ語り継ぎして、口伝えに語り継ぐこと)をした稗田阿礼。真言密教を日本に伝え、ときの天皇に弘法大師と諱を送られた空海。その他にも、数々の偉人が存在するのも日本人の素晴らしさを現していると思います。
posted by at 22:17  | 塾長ブログ

幼児期に何を学ぶのか

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室 羅針塾学習塾です。
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「小学校準備をしておかないといけないので・・
通塾したいのですが、全て羅針塾学習塾にお任せできますよね。」

できますが・・・毎日通塾できますか?

「学び」は毎日するものだと思います。
読んだり、聞いたり、書いたり、作ったり
考えたりと。
日々、何かに取り組む事が大事です。
羅針塾学習塾に通う塾生さん達は
通塾がない日でも何かを取り組んでいる。

お迎えのおばあちゃまが
「通塾を毎週すると、家で何をすればいいか
よく見えてきますね。親子で毎日一所懸命取り組んでいます。」と
教えて下さいました。

幼児期に学ぶことはたくさんあります。
手先を使い、たくさんの物を観て感じ
自分の思いをしっかりと伝え
しっかり読んでしっかりと書きと
興味を示すこととともに
色々な世界をみせてあげる事が大事です。

しかし、それはただ連れて行けばいい。
習わせればいい。
通わせとけば出来る。とは異なります。

「ハキハキ!元気!賢い子」

「学ぶ」ということはお母様にも
気合いが必要です。
日々、一日も怠らずに続ける事が大事。
幼児期に何を学ばせるのか?
ただ、就学前だから取り組むのではなく
「人」としての人格形成を行うのが
幼児期の学び。
毎日が賢くなるチャンス!
とっても大事な時期の学びなのです。

福岡のお土産をいただきました。冷やして美味しそう!
お忙しい中ありがとうございました。感謝申し上げます。

posted by at 18:51  | 学習塾・幼児教育

何故学ぶのか 勤學

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp では、古来日本人が学んで来た古典の一節なども参考にしながら、学ぶことの意味合いを理解する必要があると考えます。

以前ご紹介した「幼學綱要(ようがくこうよう)」卷之三 勤學第六 には、

人皆天賦ノ徳性アリ。然レドモ學バズシテ能ク道ヲ知ル者無シ。必ズ當ニ先覺ニ就イテ學習シ、道ヲ明メ、行ヲ修メ、以テ其ノ徳ヲ成スベシ。苟モ師トスル所無ク、才ヲ恃ミテ自ラ用フルトキハ、徳ヲ傷ヒ事ヲ傷ル。小技末藝ト雖モ、終ニ成スコト能ハズ。故ニ勤學ハ,己ヲ成シ物ヲ成スノ根柢ナリ。

「人は皆、天から賦与された道徳を弁えた正しい品性がある。しかしながら、学ばずして正しく人の踏み行うべき事を知る者はいない。必ず物事の道理を悟っている人(学問や見識の優れている人)に就いて学習し、道を明らかにし、行を修め、以ってその徳(品性)を高めなければならない。もしも師とする所無く、生まれつきの能力を当てにし、自分本位で行動すれば、徳(道徳的品性)を傷(そこ)ない、事(事柄、事態)を傷る。小技末藝(ちょっとした技術や簡単な藝)とはいえ、最終的に全うすることは出来ない。故に、勤學(熱心に学問すること)は、自己を成長させ、物事を成就する土台である。」

子供の頃に、何の為に学ぶのか、と自問自答した経験をお持ちの方は多いと思います。それを親、兄弟姉妹、先生、友達、など身近な人に問うこともあるでしょう。其時に答えが出なくとも、いつの日にか悟ることもあります。人は年齢を経てくると、学んでおけば良かったという悔恨が残ります。若い時には、それに気付かない。

だからこそ、将来ある若人に「勤學」の必要を説かねばなりません。

「国民の修身」渡部昇一監修(産経新聞出版)の序文に代えてに、「修身」は人間としての基礎を教えている 渡部昇一 という一文が有ります。

 国があり、家があり、自分がある

修身」という言葉が普及したのは、徳川時代に儒学が普及し、四書(『論語』・『孟子』・『大学』・『中庸』)が各地の藩校などで読まれ、その中でも『大学』の中の教訓を『修身.斉家(せいか)・治国(ちこく)・平天下(へいてんか)』という言葉に要約したものが、主として武士階級の人々に記憶されるようになったからである。

 この『大学』の言葉は支配階級の人たちの心がけの順序として教えられたのであった。天下を治めようとするなら、まず自分の国(領地)をよく治めなさい。自分の国を治めるには、まず自分の家をよく平和に保つように斉(ととの)えなさい。自分の家を斉えるには、まず自分自身が修養して立派な人格を作らなければなりませんということである。これは朱子学のエッセンスとして受け取られた。

 中江藤樹(なかえとうじゅ 一六〇八〜四十八)は十一歳の時、初めて『大学』を読み、「天子ヨリ庶人ニ至ルマデ、一ニコレミナ修身(身ヲ修ムル)ヲモッテ本(モト)トナス」という所に至るや、深く感嘆して涙を流したという。それは徳川家康が亡くなってから二、三年後の話である。

 当時、庶民も天子も、人間としての基礎になるのは同じこと、つまり修身なのだと感奮したのである。そして彼自身は近江聖人(おうみせいじん)といわれる人物になったのだった。

 また荻生徂徠(おぎゅうそらい 一六六六〜一七二八))は少年の頃、南房総に父と共に流落しており、学問の師となる人もいなかったが、たまたま父(将軍綱吉の侍医だったが流罪)の持ち物の中に『大学諺解(げんかい)』があった。

諺解というのは和文の注釈である。彼はこの本一冊を十二年間読み続け、その為後に江戸に戻ってみると、他の漢籍を注釈なしに読めるようになっていたという。こうした逸話が伝えられるほど、『大学』は普及しており、その『経一章(けいいっしょう)』に述べてある修身の大切さを学んだのであった。

今、教育に憂いを持つ人と語るとき、一意専心に学ぶことを、なぜ教育に携わる先生と名のつく人たちが若人に伝えないのか、と憤ることが有ります。コレは、所謂「学校」と名のつくところは無論、職場など持ち場持ち場で後輩に何かを伝えていくべき立場の方も同様です。何かと学ぶ為に必要なこととして、敢えて強いる必要のある場合、辛抱することができない若人を放置しておいて良いのか、と。

「我慢」「辛抱」という言葉を、経験として学ぶよう後代の若人に伝えなければ、どれほど軟弱な、生きる術を見出せない世代を作ることになるのでしょうか。

そうならない為にも、子を持つお父さん、お母さん方には、我が子を厳しく、且つ愛情を持って叱咤激励して頂きたいものです。「良薬は口に苦し」「艱難汝を玉にす」という諺は、いつの時代にも「甘やかす」親への戒めとして残された名言であるはずですから。厳しく接する事が出来るのは親の「伝家の宝刀」でもあり、「義務」でもあると考えます。

posted by at 00:02  | 塾長ブログ

最後まで考え抜く癖をつける

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室 羅針塾学習塾です。
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「国語力をつけるにはどうすれば良いですか。」と質問があります。
国語力がつきだす時、一人一人が良く考えるようになります。
よく考えるようになってくると顔つきが変わってきます。
賢い子へ大変身!となっていきます。

「考える」一番大事なこと

自分自身の意志・意思を考える。
どのように伝えるべきか。
どのように相手に理解してもらえるか。
自分自身が考えていること
自分自身の感情
自分自身の行動
全てを正確に「言葉」として伝えることが大事です。

どうしたらいい。
なぜだろう。
どうやって。
なぜなら。
自分の「思い」を伝える時
大事な言葉達。言葉の力。
考える力を身につけさせるためにも
沢山の言葉を知り、使いこなせなければいけません。

「ハキハキ!元気!賢い子」

最後まで考え抜く力をつけさせる
根気の要ることだと思います。
しかし、得意なことから取り組むとどうでしょうか。
「何か」を取り組むためにきっかけをつくっては如何でしょうか。
幼児さん達が羅針塾学習塾に通塾するときに
必ず、私達がお話しすること
通塾は「遊び」ではなく「学び」だから
御両親が必ず「学ぶ」ことについて
お子様にお話をして下さい。と伝えます。
「学ぼう!」と思った時
最後まで、どんなことでもしっかりと考えだし取り組みます。

小学生からは、塾生一人一人に
「学ぶ」ことについて話をします。
生活スタイル、今のポジション
塾生の思いを聴きながら。
納得すると根気強く深く考えるようになります。
考え抜く力が賢さに磨きをかけていきます。

一人一人にキラッとしたものがあります。
そのキラッと光り輝かせるために。
隠れてしまわないように。
未来の可能性のために「今」考える力を
つけていくべきだと思います。

考えることが賢さに結びついていくと考えます。

「祖母の庭に咲いていた紫陽花の花です。」と男の子の塾生さんから頂きました。
嬉しいなあ〜ありがとうございます。
梅雨の時期に綺麗な色を奏でる紫陽花。大好きな花の一つです。

posted by at 16:56  | 学習塾・幼児教育
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