‘ 羅針塾 ’ の投稿記事一覧

学ぶ意欲

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室 羅針塾学習塾です。https://rashinjyuku.com/wp

1月最後の金曜日(もう、年が明け1ヶ月過ぎようとしています。)
長崎大学教育学部附属幼稚園の入園説明会のため
また、インフルエンザ等々の為 幼児さんはお休み。
小学生は、学校からの宿題が土日分。一所懸命向き合っています。

小学生は、三学期大詰めの学びに入っています。
次学年へ向けての学びなのでレベルも高くなり
「う〜う〜」言っている塾生さんも。
次学年へ、中学生へ繋がる学びなので難しいのです。
なかなか上手くいかない日々が続きます。
「冬期講習でレベルアップしたはずなのに・・」と
お母様達からの声。

そうですよね。レベルアップしているんです。
前回理解しているんです。だけど、、、、、、解けない。
もどかしいのはお母様達。
幼児さんのお母様達も
「受験も終わったし、そんなに勉強をしなくても・・」と。
けれど・・
「子供達は賢くなりたいって言っていますよ。」とお伝えすると
ん〜〜〜って。お母様達。(あっつ!お父様もだ)

羅針塾学習塾の塾内は学ぶことを投げ出している塾生さんはいません。
むしろ「先生、前に戻って調べていいですか」
「先生、もう一度いいですか。」
「先生、一所懸命頑張ってしたらお家で遊んでいいですよね。」って
学ぶことを楽しんでいます。
目をキラキラさせて、前向きに黙々と。

「ハキハキ!元気!賢い子」
トップになる子達は、努力の天才だと考えています。
知らず知らずの内に、幼い時から何かしら積み重ねている。
キッカケがあって、日々頑張っている。
隠れた毎日があるのです。
前向きに素直に取り組む時は必ず伸びています。
昨日よりも今日。そして明日。
要領を得なかったり、タイミングが悪かったり
個性のように学びを習得するにも個人差があります。
「あっつ!」と閃くまで。
「わかった!」と納得するまで。
諦めずに、前向きに学ぶ。
本物のトップになるために賢い子になるために
必要ではないかと考えます。

 

posted by at 17:54  | 学習塾・幼児教育

英語と歴史を同時に学ぶ 「史実を世界に発信する会」の英訳教科書 10

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp では、塾生に辞書の活用法を身に付けて欲しいと考えています。惜しむらくは、現在の小・中学・高校生が普段使いするような辞書には、掲載されていない漢字や熟語があることです。そのときには、様々工夫をして調べるようにしています。

さて、明治の日本では西洋の列強に伍していく為にも憲法制定に腐心しました。戦後の学校教育では、米国に占領されていた昭和21年、米国から半ば強制的に大日本帝国憲法を改正させられた経緯は教えられていません。現在の憲法は、明治22年に制定された大日本帝国憲法を「木に竹を接ぐ*」形で公布されました。したがって、有史以来長い歴史を連綿とつないで来ている日本の国柄を理解する為にも、明治期の大日本帝国憲法の成立過程や内容を知っておく必要があります。

以下の記述は、中学の歴史教科書ですが、非常にポイントを突いています。

*木に竹を接ぐ・・・性質の違うものを繋ぎ合わせる。調和が取れぬことの喩え。

 

『新しい歴史教科書』(新版・中学社会)(自由社)英訳シリーズ その8-第4章「近代の日本と世界(I)―幕末から明治時代」http://www.sdh-fact.com/CL02_2/Chapter%204%20Section%203,%204.pdf

Topic 60 – The Meiji Constitution and the foundation of a constitutional state

What principles were enshrined within the Meiji Constitution?

The promulgation of the Meiji Constitution
 On February 11, 1889 (Meiji 22), the Meiji Constitution, officially titled the Constitution of the Great Japanese Empire, was promulgated. On that day, raucous festivities took place throughout Tokyo, even though the city was still blanketed by the snowfall of the previous night. Celebratory gunfire rang out, costumed revelers went on parade, and floats snaked their way through the streets.

The Meiji Constitution affirms in its first articles that the Emperor reigns over Japan. However, the government’s actual policies were to be enacted in accordance with the advice of the Emperor’s ministers, and the Emperor himself bore no political responsibilities.*1 The Meiji Constitution obligated all Japanese subjects to pay taxes and serve in the military, but guaranteed their rights to freedom of speech, assembly, association, residence, movement, and religion within the bounds of the law. Japanese subjects also had the right to vote for members of the House of Representatives in free elections. The enactment of budgets or laws required the consent of the national assembly, which was called the Diet. The Diet was composed of two houses: the popularly elected House of Representatives and the House of Peers, which included both peers and other distinguished men, such as scholars or bureaucrats, who were appointed by the Emperor.

*1=This concept is contained within Article 3 of the Meiji Constitution, stating that, “The Emperor is sacred and inviolable.” This article meant that the Emperor could not be held responsible for political decisions, but the implication of it was that the Emperor held no right to make political decisions.

60  大日本帝国憲法と立憲国家
 大日本帝国憲法は、どのような内容だったのだろうか。
大日本帝国憲法の発布
 1889(明治22)年2月11日、大日本帝国憲法が発布された。この日は、前夜からの雪で東京市中が一面の銀世界となったが、祝砲が轟き、山車が練り歩き、仮装行列が繰り出し、祝賀行事一色となった。
 大日本帝国憲法は、まず天皇が日本が統治すると定めた。その上で実際の政治は、各大臣の輔弼(ほひつ:助言)に基づいて行うものとし、天皇に政治的責任を負わせない*1こともうたわれた。国民には兵役と納税の義務があるとともに、法律の範囲内での言論・集会・結社・居住と移転・信教などの自由が保障された。また、国民は選挙権をもち衆議院議員を選ぶことになった。法律や予算の成立には議会の承認が必要とされた。議会には国民の選挙による衆議院のほか、華族や功労ある学者および官僚出身の議員などからなる貴族院が置かれた。
*1 憲法の第3条が、その条文にあたる。条文の意味は、天皇に政治責任を問うことはできないというもので、その裏には、天皇は政治的決定権を持たないという意味を含んでいた。

大日本帝国憲法の発布(左図) と 憲法発布式桜田之景(右図)

<上図の説明>

左図 大日本帝国憲法の発布 1889(明治22年)2月11日、前年10月に完成したばかりの皇居新宮殿で、天皇が憲法原本を総理大臣の黒田清隆に手渡した。(東京憲政記念館蔵)

右図 憲法発布式桜田之景 祝賀の観兵式に臨む天皇を乗せた馬車が、皇居を出るところを描いており、周囲では憲法の誕生を祝う人々が、お祭り騒ぎを繰り広げている。(東京都立中央図書館蔵)

A Constitution Praised Inside and Outside Japan

At the time that the Meiji Constitution was proclaimed, it garnered praise even from stridently anti-government newspapers that described it as “truly commendable” and “far better than what we expected”. Once the Meiji Constitution was translated and sent abroad, it elicited a similar response in other countries. One British newspaper wrote that, “There is something romantic about this deliberate establishment of a Parliamentary Constitution in an Eastern land. It is a tremendous experiment.” The most praiseworthy aspect of the Meiji Constitution, according to one British scholar, was the moderation upon which it was founded as demonstrated by its respect for time-honored history and traditions. Furthermore, a German legal theorist commended Japan’s leaders for their wisdom in dividing the national assembly into a popularly elected lower chamber (the House of Representatives) and an appointed upper chamber (the House of Peers) on the grounds that the lower houses of other countries were apt to favor extreme solutions and become a source of social unrest. To check the rash behavior of the lower house, he argued, it was necessary to have an upper house consisting of conscientious men who care deeply about the national interest. 

 

憲法を賞賛した内外の声

憲法が発布されると、政府批判の論陣を張って来た新聞も、「聞きしに勝る良憲法」、「実に賞賛すべき憲法」などと称えた。また憲法は翻訳されて、世界各国に通告された。イギリスの新聞は、「東洋の地で、周到な準備の末に、議会制憲法が成立したのは何か夢のような話だ。これは偉大な試みだ」と書いた。イギリスのある学者は、日本の憲法が古来の歴史と習慣をもととした穏健な立場で作られていることが最も賛成できる点である、と述べた。ドイツのある法律家は、議会を両院に分け、衆議院の他に貴族院を設けた知恵を高く評価した。その理由は、どこの国でも下院(衆議院)は急進的になるものだが、その暴走による社会不安を和らげるには、国に対する責任感と良識のある人々からなる上院(貴族院)が欠かせないというものだった。

 

大日本帝国憲法の主な条文と大日本帝国憲法による立憲国家の仕組み

 

The Major Articles of the Meiji Constitution

“Article 1. The Empire of Japan shall be reigned over and governed by a line of Emperors unbroken for ages eternal.”

“Article 3. The Emperor is sacred and inviolable.”

“Article 4. The Emperor is the head of the Empire, combining in Himself the rights of sovereignty, and exercises them, according to the provisions of the present Constitution.”

“Article 5. The Emperor exercises the legislative power with the consent of the Imperial Diet.”

“Article 11. The Emperor has the supreme command of the Army and Navy.”

“Article 20. Japanese subjects are amenable to service in the Army or Navy, according to the provisions of law. “

“Article 29. Japanese subjects shall, within the limits of law, enjoy the liberty of speech, writing, publication, public meetings and associations.”

“Article 55. (1) The respective Ministers of State shall give their advice to the Emperor, and be responsible for it. (2) All Laws, Imperial Ordinances, and Imperial Rescripts of whatever kind, that relate to the affairs of the State, require the countersignature of a Minister of State.”

“Article 57. (1) The Judicature shall be exercised by the Courts of Law according to law, in the name of the Emperor.”

 

大日本帝国憲法の主な条文

第1条 大日本帝国は万世一系の天皇これを統治す

第3条 天皇は神聖にして侵すべからず

第4条 天皇は国の元首にして統治権を総攬し、この憲法の条規によりこれを行ふ

第5条 天皇は帝国議会の協賛をもって立法権を行ふ

第11条 天皇は陸海軍を統帥す

第20条 日本臣民は法律の定むる所に従い兵役の義務を有す

第29条 日本臣民は法律の範囲内において言論著作印行集会および結社の自由を有す

第55条 ①国務各大臣は天皇を輔弼しその責めに任ず

②全て法律勅令その他国務に関する詔勅は国務大臣の副署を要す

第57条 ①司法権は天皇の名において法律により裁判所これを行ふ

 

・・・大日本帝国憲法の条文を読むと、一見天皇に強大な権限があるようですが、「帝国議会の協賛をもって立法権を行ふ」「国務各大臣は天皇を輔弼しその責めに任ず」「詔勅は国務大臣の副署を要す」「司法権は天皇の名において法律により裁判所これを行ふ」とある様に、権威はありますが、権力の直接的行使は実質的にできませんでした。イギリスの政体の「君臨すれども統治せず」(国王は君主として君臨しているが、統治権は議会を通じて国民が行使する)に近いと言えます。

posted by at 16:58  | 塾長ブログ

受験を終えて お母様達の変化

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室 羅針塾学習塾です。https://rashinjyuku.com/wp

幼児期の受験は本当に大変。
子供に意識付けをさせ、親子共に目標に向かって歩まなければいけません。
ただただ、プリントを解かせるだけでも駄目です。
知識を詰め込むだけでも駄目なのです。
一人の「人」として年相応の自立(自律)が出来るようにしなければなりません。

その時を頑張ればいいからではないと先生達は考えます。
日々、生活した総決算が幼児期の「受験」だと思うのです。
羅針塾学習塾のお母様達もゆっくりと子育てを楽しんでいらっしゃいました。
「子供に聞いてから」「子供を中心に」
言葉も態度もメロメロ。
しかし、色々な指導を受け話を聴き考え学ばれて大変身をし
「子供の自立(自律)」に向かった日々が「合格」へと
導いてもらえたのではと考えています。

ある、お母様が
「子供の未来を考えて取り組んだ受験は本当に有意義でした。
これからも視野を広く持ち親子共々に学んでいきたいと考えます。」と
話して下さいました。

「ハキハキ!元気!賢い子」
長崎の幼稚園、小学校受験は都会に比べると
ゆっくりしたものと見られがち。
準備が甘い御家庭が多いのも事実です。
「子供の未来」を考えた時
しっかりと背中を見せるのが親の役目だと考えます。
賢い子にするために。
よく聴き
よく観て
よく考える。
キリッとした凛々しい子供を観ると
「う〜っ」って泣いちゃいますよ。
子供のキラキラした成長は何よりも宝物です。
羅針塾学習塾では賢い幼児さん達がたくさん学んでいます。

 

posted by at 15:13  | 学習塾・幼児教育

新しい春に向けて

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室
羅針塾学習塾です。https://rashinjyuku.com/wp

羅針塾学習塾も新しい春に向けてスタートしています。
入園・入学 進級と嬉しいことばかり
生活が変わり学びの変化も出てきます。
先生達は面談を立て続けに行なっていますよ。
入塾のお問い合わせもいただき本当にありがとうございます。

新生活に向け
不安なことをいろいろな話をして
スッキリと解消!!
「毎日、悩んでいたのに・・話してよかったです。」
「不安が無くなってきました。働きながらでも何とか乗り切れそうです。」

働くお母様が多い、羅針塾学習塾。
お母様の味方になって上げたいと考えています。
各御家庭の考えに合うようにと工夫。
「子供には賢くなってもらいたい。
先生!頑張って働くから!」って。
お母様の熱いメッセージ。
前向きに活き活きと活躍するお母様のためにも
先生達も頑張りますよ。

「ハキハキ!元気!賢い子」
新年を迎え、受験が終わり
新しい風が吹いている羅針塾学習塾。
塾生一人一人の顔が成長しています。
しっかりと、丁寧に考えることができるように。
三学期の仕上げを行っていきたいと考えています。

今春から、長崎大学教育学部附属小学校に入学の塾生さん。
お父様と考え、楽しい飛び出す絵本を作ってくれました。
この創造力が考える力を作ります。

 

posted by at 19:07  | 学習塾・幼児教育

『北斎とジャポニスム』

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp では、インターネットの恩恵を受けて様々な情報を摂取しています。いつも閲覧しているブログに「国際派日本人養成講座」http://blog.jog-net.jp  があります。

そのNo.1046 「葛飾北斎が西欧に与えた衝撃」 http://blog.jog-net.jp/201801/article_3.htmlは、筆者が云々するよりも、このサイトをご覧になって頂きたいと思いご紹介致します。以下はその冒頭の部分です。

 東京・上野の国立西洋美術館で開催されている『北斎とジャポニスム HOKUSAIが西欧に与えた衝撃』が大人気のようだ。ホームページの「みどころ」では、モネ、ドガ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーガンなど西欧の画家たちと北斎の絵を比べ、彼らがいかに北斎から影響を受けたかが、一目で判るようになっている。

 例えばクロード・モネの『陽を浴びるポプラ並木』は、北斎の『冨嶽三十六景 東海道程ヶ谷』の松並木とそっくりだし、ポール・セザンヌの『サント=ヴィクトワール山』は、『冨嶽三十六景 駿州片倉茶園ノ不二』と、手前に樹木を配し、遠くに山を望む構図からして同じである。

 しかし、北斎が西洋の画家たちに与えた影響は異国趣味という皮相的なものではない、と西洋美術史の大家、田中英道・東北大学名誉教授は著書『葛飾北斎 本当は何がすごいのか』で指摘している。

 この点に深入りする前に、まず北斎の「すごさ」を田中教授の解説から辿ってみよう。

その中で紹介されているものが、現在、東京の国立西洋美術館で「北斎とジャポニスム」http://hokusai-japonisme.jpがです。これはなかなか秀逸な企画展です。キャッチ・コピーは

日本発、世界初。
西洋と北斎の名作、夢の共演。

19世紀後半、西洋の人々を魅了した浮世絵師・葛飾北斎(1760-1849)。
その出会いからジャポニスムを読み解く、世界初の展覧会です。

モネ、ドガ、セザンヌ、ゴーガンをはじめ、西洋美術の名作約220点と、
北斎の錦絵約40点、版本約70冊の計約110点が一堂に会する、”東西・夢の共演”。

西洋の芸術家たちは北斎をどう受けとめ、新たな造形表現を生み出したのか―
北斎が西洋に与えた衝撃を、あなたも実感してみませんか。

です。ご縁があれば是非鑑賞したいですね(それに関連する記事が以下です http://www.e-libera.com/entertainment/2017/07/hokusaiandjaponisme/

・・・筆者もかってフランスのパリに行く機会があって、オルセー美術館で印象派の絵画を鑑賞して感動した記憶があります。

オルセー美術館 内部

美術館の作品群で、素朴な衝撃を受けたのが「笛を吹く少年」(エドゥアール・マネ)でした。中学校の美術の教科書に掲載されていたその絵を、筆者は小さな作品のように思い込んでいたのです。オルセー美術館の展示室のあるコーナーを回って実際にその本物の絵画に出会った瞬間、思わず声が出てしまったほどです。「大きい!」というのが正直な気持ちで、その場にしばし佇み、中学時代の美術の教科書と目の前の「実物」とを比べている不思議な感覚を覚えました。

笛を吹く少年(161 cm × 97 cm)

・・・因みに、オルセー美術館の喫茶室でお茶を飲む至福の時を過ごせたのも楽しい思い出です。

posted by at 19:31  | 塾長ブログ
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