‘ 羅針塾 ’ の投稿記事一覧

良きライバルと良き理解者

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室
羅針塾学習塾です。https://rashinjyuku.com/wp

切磋琢磨する。羅針塾学習塾・幼児教室の光景です。
「どうやって?」「どうやったら?」
解答・解説をしている時に幼児さんが学んでいます。
お兄ちゃん、お姉ちゃんの姿を観るのです。
賢い子が上手く下級生たちを引っ張っています。
同学年でも同じです。

一人一人の理解が深まる時
少しづつ確実に解けるようになっています。
できるようになってきたね〜
先生達も一人一人の取り組み方を見極めて
要領の悪いことはさせない。
丁寧に。正確に。
身につくまで指導していきます。

お迎えのお母様方が聞いて、観て
「なるほど。こんな考え方もありますね。」と。
もう一度できるようになるまでやってみる。
できる子のやり方を真似してみる。
羅針塾学習塾の一人一人の家庭学習が身に付きだしています。
良き理解者
お母様、お父様のおかげです。

毎日、週末に。とコツコツの積み重ねは
結果として現れてきます。
これが賢い子のやり方です。

「ハキハキ!元気!賢い子」
日々の復習。毎日の見直しは
次のステップのための準備。
一度取り組んだことを忘れないように
するためにも一つ一つの取り組みは
とても大事です。

posted by at 19:16  | 学習塾・幼児教育

父と子

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室https://rashinjyuku.com/wpでは、漢字の字義(文字の意味)をよく理解するように指導します。その為にも、多くの書物に接する機会を持つことがとても大事です。親子での図書館の活用や、辞書を座右に置くことをお勧めします。

さて、『論語に学ぶ〜論語は美しい言葉と智慧の宝庫』(講師 安岡定子氏)の講演会を先にご紹介しましたが、その御祖父安岡正篤先生のご紹介です。公益財団法人郷学研修所・安岡正篤記念館からの引用です。https://www.noushi-kyogaku.com/index.html

安岡正篤とは、

世の中を良くするのは主義主張やイデオロギーではなく、公私ともに優れた人物であるとの信念の下、在野に在ってその養成に一生を尽くす。特に国民の幸不幸は政治の影響が大きいとし、政財官界の指導者層の啓発・教化・指導に力を注ぐ。その教えの基本は、日本の伝統を大切にする立場からの東洋的な思想・哲学であった。昭和20815日正午、天皇陛下の「終戦の詔書」がラジオで放送された。この詔書を最終的に刪修(さんしゅう)したのが安岡正篤である。また、元号「平成」の考案者であり、吉田茂から中曽根康弘に至る歴代の総理大臣の指南番的存在でもあった。
※刪修=不要な字句又は文章を削り取って改めること。

安岡正篤は、なによりも古典と歴史に学ぶこと、そしてそれを実生活の上に活かすこと、つまり「活学」しなければならないと教える。なぜなら、現代の諸問題も、既に古聖賢哲がその対処・解決法を古典の中に残しているからであると言う。そして、自身が若き日から命懸けで学んできた和・漢・洋の古典と歴史に立脚し、東洋哲学的な観点から、実践的な指針を我々に示すのである。

生前はほとんど表に出ず、知る人ぞ知る存在だった。しかし没後、著書や講演録、講録のテープ・CD等が相次いで出版され、30年以上経た今でも、己の生き方や国家の在り方を真剣に考える人々に熱く支持され、深い感動と人生の指針を与えている。
またその教え=安岡教学・安岡人間学に基づいた大小様々な勉強会や集りが、道を求める人々によって全国各地で催されており、一燈照隅(*)が実践されている。

(*)安岡正篤先生は、天下国家をあれこれ論じるよりもまず自分がいる場所を明るく照らせる人間に、という意味を込めて「一燈照隅・萬燈遍照」とおっしゃっています。

「自分か居るその場を照らす。これは絶対に必要なことで、また出来ることだ。真実なことだ。片隅を照らす! この一燈が萬燈になると『萬燈遍照』になる。こういう同志が十万、百万となれば、優に日本の環境も変わりましょう。」、と。

筆者も様々な安岡正篤先生の書籍に触れてきましたが、含蓄のある言葉に、鼓舞されてきた記憶があります。「一燈照隅」とは、一つの燈(ともしび)を以って、一隅(ひとすみ)を照らすこと。ひいては、その燈が、十にも百にも、更に萬の燈となって遍(あまね)く国中を照らすことができる、即ち「萬燈遍照」であるとの意です。

ところで、

先日塾生のお父様方と話をする機会がありましたが、父と子、母と子の役割について様々なご意見がありました。丁度、以下の安岡正篤先生の言葉がありました。

http://kyogaku.or.jp/kotoba12.html

父と子

「父子の間は善を責めず。善を責むれば即ち離る。離るれば即ち不祥焉(これ)より大なるは莫(な)し。」(『孟子』離婁上)

 父というものは子に対して、あまり道義的要求をやかましくするものではない。それをやると、子が父から離れる。父子の間が疎くなる。父と子の間が離れて、疎々しくなるほど祥(よ)くないことはない。

 立派な人がなぜ自分の子を教えないのか。それは、やろうたって、勢いやれないからである。父が子を教えるからには、必ず父自身これが正しいことだと信ずることを子に納得させ、実行させようとするのである。それだけに、それが行われないとすると腹が立つ。子に対して腹を立てれば反って打壊しである。子供は子供で、なんだ阿父(おやじ)、俺に道徳を責めるが、御自分様は何でも御立派というわけでもないじゃないか、と内心おもしろくない。こうなると父子両方で打壊しである。これはいけない。

 だから昔の聖人も子をとりかえて教えたものである。つまり他人に師事させた。(中略)道徳は根本において真実でなければなりません。自然——誠でなければなりません。したがって、のんびりして、明るくなければならないのです。ぎこちなく硬ばっていたり、陰気でじめじめしているのは決して道徳的正ではありません。

 しからば父は子を教えることはできないか。(中略)少なくとも父は子を放っておくより外はないかというと、そんなものでもありません。宋の王安石は(中略)、孟子のここの意味を釈(と)いて、『孝経』には「争子」という言葉さえある。(注=父の不義不正を諫争する子という意味で、喧嘩する子ではない。)ただ、その争も善を責める意味ではなくて、盲従せずに正義を主張することで、父が子に対しても、正しくないことは戒めるだけであると申しております。

 元来父子の間というものは、同じ人間関係(人倫)の中でも、師弟や朋友の間と違って骨肉、すなわち血を分けた間柄、より多く自然的関係でありますから、情愛・恩愛が本領で、理性による批判や抑制である正とか義とかを建前にすべきではないからであります。

(『身心の学』—古教照心—より)

子を持つ父親として、熟読玩味すると得心できるお話です。

因みに、お父様方はご自分を子供さんにどのように呼ばせていますか。お父さん、パパ、ひょっとして父上。外交評論家の加瀬英明氏が「加瀬英明のコラム」で蘊蓄を述べられています。http://www.kase-hideaki.co.jp/magbbs/magbbs.cgi

 今日の日本では、多くの人々が心を軽んじて、自分本位になるなかで、人々のあいだの絆だけではなく、家族が崩壊しつつある。家族の崩壊は、やがて国の崩壊をもたらす。

 祖先を崇めて深く感謝することは、家族の結束を強め、親が子を子が親を大切にすることにつながる。

 いま、子に親を「パパ」「ママ」と呼ばせる家族が多い。「パパ」は、英語ではない。

 「パパ」は、イギリスのインド統治から、ヒンズー語が英語に入ったものであり、「ママ」は「マザー」(英語)、
「ムター」(ドイツ語)などヨーロッパ諸語に由来するが、中国語でもある。

 父を敬い、母に感謝するのなら、どう呼ぼうとよいが、日本語のもととなっている古代の大和ことばでは、父は「トト」(尊い)、母は「カカ」(太陽がカッカと照る)と呼ばれたことを、知ってほしい。

日本では、古来「言霊(ことだま)の幸(さきは)ふ国」(言葉の霊力が幸福をもたらす国)と言われています。現代の日本語の大元である「大和言葉」では、尊いの「ト」から「トト」、「トウ」(父)→「トウサン」(父さん)となったのでしょう。

母は、「カカ」(太陽がカッカと照る)から、「嬶(カカア)」→「カアサン」(母さん)。太陽神を表す日本古来の天照大神(あまてらすおおみかみ)は「女神」ですから、「太陽がカッカと照る」は、家庭を元気にしたり、暖かくする母親の役割をうまく表現していますね。

posted by at 09:31  | 塾長ブログ

論語に学ぶ 学びの里講演会

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室https://rashinjyuku.com/wpでは、長崎くんちの最終日、十月九日に佐賀県多久市で開催された『論語に学ぶ〜論語は美しい言葉と智慧の宝庫』(講師 安岡定子氏)を受講してきました。遠くは沖縄からも参加者があり、多久市の教育にかける力を感じさせるものでした。

講師の安岡先生は、知る人ぞ知る歴代首相の施政方針に朱筆を入れ助言された漢学者、安岡正篤先生のお孫さんです。「銀座・寺子屋こども論語塾」の代表として、『論語』をわかりやすく講義されています。http://www.sadakorongo.com/?p=301

その講義の資料からの引用です。

■孔子はどんな人?(前五五一〜前四七九年)

「人間いかに生きるべきか」を生涯追求した人物。

 二千五百年前、中国の春秋時代に魯の国に生まれた大思想家・学者・教育者です。特に儒学の祖として知られています。始めろの国の下級役人となり、五四歳の時に大司寇(司法と警察を司る長官)になります。魯の国の大改革をしようとしますが、反対派によって失脚させられます。その後の十数年は諸国を遊歴し、諸侯に自分の思想・哲学を説き、理想の政治の実現を目指しました。しかしその思いはなかなか受け入れられず、晩年は故郷の魯に帰り、門人の教育と古典の整理・編纂に力を尽くしました。

 気難しく、堅苦しい道徳や倫理ばかりを述べている人物のように思われていますが、決してそのようなことはなく、かなりの苦労人であり、人間味豊かでユーモアもある人物像は、とても魅力的です。人間にとって一番大切なものは、仁ー思いやりの気持ちーであると語り続けました。

 ■「論語」について

 古典中の古典。人生必読の書。

『論語』は中国の古典、四書五経の一つです。孔子の言行や弟子たちとの問答などを記録した書物です。二〇編約五〇〇章からなり、講師の思想の真髄を伝えるものとして、後世に大きな影響を与えてきました。また孔子の人柄を知る上でも、貴重な書物です。その中心的主張は「仁ー思いやりの心・愛情ー」の重要性です。戦乱の世にあって、理想の人物像・理想の政治の実現に最も大切なものは、「仁」であると孔子は説いています。

 日本では、江戸時代に藩校や寺子屋で盛んに読まれていました。大きな声で元気に繰り返し読んでいるうちに、名文・名句が体に心に染み込んでいきます。成長と共に経験や知識が加わり意味を理解できるようになり、やがてその言葉の魅力に気づきます。

 日本人の豊かな感性、優しい心、清く強い精神力、あるいは困難や悲しみを乗り越える力は、こうしてゆっくり育まれてきました。そして往くべき道に悩んだ時、くじけそうな時、様々な場面で心の拠り所となってきました。実業家・渋澤栄一氏や湯川秀樹博士をはじめとする、多くの実業家や学者、政治家、作家なども影響を受けています。私たち日本人には、とても身近な書物だったのです。

多くの論語の文言の中から、安岡先生は以下を例示されて子供さん達の導きの手法を講義されました。

学ぶこと・友達を作ること・理想の人を目指すこと。

学んで時に之(之)を習う、亦説(またよろこ)ばしからずや。

朋(とも)有り、遠方より來る、亦(また)楽しからず。

人知らずして慍(いきどお)らず、亦(また)君子ならずや。

昔の人の教えを大切にする。

故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知れば、以(も)って師と為(な)るべし。

先のことを考えて行動しよう。

人にして遠き慮(おもんばか)り無ければ、必ず近き憂(うれ)い有り。

良い習慣が大切。

性(せい)、相(あい)近し。習い、相(あい)遠し。

素敵な人からたくさん学ぼう。

教えありて、類(るい)無し。

★志を持つ。

道に志(こころざ)し、徳に拠り、仁に拠り、芸に游ぶ。

よき仲間を持つ。

君子は文(ぶん)を以(もっ)て友を会し、友を以(もっ)て仁を輔(たす)く。

講演会の後、早速孔子を祀る廟である多久聖廟に詣りました。https://www.city.taku.lg.jp/main/5084.html

多久家の四代領主多久茂文(たくしげふみ)は人材育成に重きを置いた人物で、のちに東原庠舎(とうげんしょうしゃ)と呼ばれる学問所を建て、そのシンボルとして宝永5年(1708年)に孔子像、四配(しはい・顔子、曽子、子思子、孟子)を祀る廟として多久聖廟は完成しました。多久は藩よりも小さい「邑(むら)」でしたが、この孔子廟はすばらしいものでした。国内に存在する孔子廟では足利(あしかが)学校(栃木県)、閑谷(しずたに)学校(岡山県)についで古く、またもっとも壮麗な孔子廟だといわれています。

多久市孔子の里発行の「論語カルタ」と「論語日めくり」

このように孔子と論語については、多久市が教育面で大いに力を注いでいるようです。東原庠舎(とうげんしょうしゃ)も見学しましたが、因みに、庠(しょう)は「まなびや、学校、故郷の学校の意」です。

当塾では、古典教育を重視していますので、今回の講演会は筆者にとっても改めて学び直しとなりました。多久市の関係者の方々に感謝申し上げます。

 

 

posted by at 16:09  | 塾長ブログ

長崎大学教育学部附属小学校の秋休み

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室
羅針塾学習塾です。https://rashinjyuku.com/wp

長崎大学教育学部附属小学校の秋休みが始まります。
羅針塾学習塾の塾生さんも通知表を持って通塾してくれました。
本当によく頑張ったね。
とてもいい評価を頂き
ホッとしている先生達です。
これからの目標は後期に伸ばしていきましょうね。

おくんちの時にある秋休み。
「秋」をたくさん体験して欲しいと
思っています。

小学生の塾生さん達の読解力が
深くなっているなと実感。
試験の結果、日々の学びの結果が
いい方向へ出ていますね。
夏休みの頑張りが少しづつ現れています。
おくんちが過ぎると二学期も後半戦
一つ一つの積み重ねをしっかりと
取り組んで欲しいと考えています。

「ハキハキ!元気!賢い子」
一つ一つを丁寧に。正確に。
どんな学びでも同じです。
基本基礎がしっかりと出来ている子は
中学校以降の学びが本当に楽になります。
しっかりと読み取る。考える。
とても大切なことです。

一口たい焼き。
「お腹が空いたでしょう」とお母様からの差し入れ。
みんなで美味しくいただきました。
ありがとうございます。感謝申し上げます。

posted by at 19:02  | 学習塾・幼児教育

言葉の意味を理解する

長崎市五島町にある学習塾・幼児教室
羅針塾学習塾です。https://rashinjyuku.com/wp

小学生からの学びは自分自身でしっかりと読んで理解して解くですね。
しかし、完全に文字が読めない幼児さんたちは
聞き取って解くとなります。
色々な言葉を使い、様々なな伝え方で。
だから、羅針塾学習塾幼児教室の学びはレベルが高い。
日々の学びを報告するとき
毎回お母様たちが
「こんなことも知っておかなくてはいけないんですか?」と
眼をまんまるくさせて聞いてくださいます。

一つの問題に言い方・伝え方はたくさんあります。
その伝えた言葉を瞬時に理解しないといけない。
本当に難しいのです。
しかし、羅針塾学習塾の日々の学びで鍛えられていきます。
「先生!これはこんな意味ですよね。」って幼児さんが
きちんと質問をしてきます。

なぜ?できなかったのか。
何を聞いていなかったのか?
答え合わせをするときに
「あぁ〜悔しい!!」って。
小さな身体が表情豊かに動いています。

言葉の意味・語彙力を幼児期からつけていくことによって
小学校からの学びは急速に伸びていきます。

「ハキハキ!元気!賢い子」
年少さんのお母様が
「羅針塾学習塾に通塾させてもらって、
ものすごく良い子になりました。三歳児検診でも
静かにしっかりと座っているし
ハキハキ答えるし
何と言っても私にわがままを言わなくなりました。
母もびっくりしているんです。」と。
嬉しいお言葉を頂いています。

お兄ちゃん、お姉ちゃんの姿を観て真似して
どんどんと吸収していく幼児さんたち。
キリッ!っとした顔つきになってきていますよ。
毎回よく集中して学んでいます。
一歩づつ賢くなりましょうね。

田植え体験を春にした幼児さん。
いよいよ!!稲刈りでした。
立派な稲穂です。
季節のとても良い学びを御家族で体験でした。
恥ずかしがり屋、人見知りさんでしたが
今では初対面の方にもしっかりとご挨拶
日々、羅針塾学習塾で学んだ成果です。

posted by at 19:42  | 学習塾・幼児教育
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