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『北斎とジャポニスム』

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp では、インターネットの恩恵を受けて様々な情報を摂取しています。いつも閲覧しているブログに「国際派日本人養成講座」http://blog.jog-net.jp  があります。

そのNo.1046 「葛飾北斎が西欧に与えた衝撃」 http://blog.jog-net.jp/201801/article_3.htmlは、筆者が云々するよりも、このサイトをご覧になって頂きたいと思いご紹介致します。以下はその冒頭の部分です。

 東京・上野の国立西洋美術館で開催されている『北斎とジャポニスム HOKUSAIが西欧に与えた衝撃』が大人気のようだ。ホームページの「みどころ」では、モネ、ドガ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーガンなど西欧の画家たちと北斎の絵を比べ、彼らがいかに北斎から影響を受けたかが、一目で判るようになっている。

 例えばクロード・モネの『陽を浴びるポプラ並木』は、北斎の『冨嶽三十六景 東海道程ヶ谷』の松並木とそっくりだし、ポール・セザンヌの『サント=ヴィクトワール山』は、『冨嶽三十六景 駿州片倉茶園ノ不二』と、手前に樹木を配し、遠くに山を望む構図からして同じである。

 しかし、北斎が西洋の画家たちに与えた影響は異国趣味という皮相的なものではない、と西洋美術史の大家、田中英道・東北大学名誉教授は著書『葛飾北斎 本当は何がすごいのか』で指摘している。

 この点に深入りする前に、まず北斎の「すごさ」を田中教授の解説から辿ってみよう。

その中で紹介されているものが、現在、東京の国立西洋美術館で「北斎とジャポニスム」http://hokusai-japonisme.jpがです。これはなかなか秀逸な企画展です。キャッチ・コピーは

日本発、世界初。
西洋と北斎の名作、夢の共演。

19世紀後半、西洋の人々を魅了した浮世絵師・葛飾北斎(1760-1849)。
その出会いからジャポニスムを読み解く、世界初の展覧会です。

モネ、ドガ、セザンヌ、ゴーガンをはじめ、西洋美術の名作約220点と、
北斎の錦絵約40点、版本約70冊の計約110点が一堂に会する、”東西・夢の共演”。

西洋の芸術家たちは北斎をどう受けとめ、新たな造形表現を生み出したのか―
北斎が西洋に与えた衝撃を、あなたも実感してみませんか。

です。ご縁があれば是非鑑賞したいですね(それに関連する記事が以下です http://www.e-libera.com/entertainment/2017/07/hokusaiandjaponisme/

・・・筆者もかってフランスのパリに行く機会があって、オルセー美術館で印象派の絵画を鑑賞して感動した記憶があります。

オルセー美術館 内部

美術館の作品群で、素朴な衝撃を受けたのが「笛を吹く少年」(エドゥアール・マネ)でした。中学校の美術の教科書に掲載されていたその絵を、筆者は小さな作品のように思い込んでいたのです。オルセー美術館の展示室のあるコーナーを回って実際にその本物の絵画に出会った瞬間、思わず声が出てしまったほどです。「大きい!」というのが正直な気持ちで、その場にしばし佇み、中学時代の美術の教科書と目の前の「実物」とを比べている不思議な感覚を覚えました。

笛を吹く少年(161 cm × 97 cm)

・・・因みに、オルセー美術館の喫茶室でお茶を飲む至福の時を過ごせたのも楽しい思い出です。

posted by at 19:31  | 塾長ブログ

受験は親離れ・子離れの好機3

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp では、教育相談に御出でになる親御さん方とお話しする際に、いくつかの質問をさせていただきます。その問答の中で、親御さんに御家庭の教育について明確な方針を立てて頂きたいからです。しっかりした方針をお持ちの方も有れば、迷いつつ決めかねている方も、周囲の動きに影響を受けて一歩踏み出そうとされている方、等様々ですが、教育相談の終盤に差し掛かると、ある種の覚悟をお持ちになられる方が殆どです。

基本的に接する時間が圧倒的に多いお母さんが、御家庭で見る子供さんと、幼稚園や保育園、また公共の場での子供さんの様子から、将来の成長した姿を明確に想像することは容易では有りません。しかし、ご自分もそうであったように、目の前の子供さんには多くの可能性があり、様々な選択肢があるのです。親としては、子供さんの成長を如何に助長するか。「這えば立て、立てば歩めの親心*」から、もう一段高い視点に立ち、子供さんが精神的に「自立」し、さらに「自律」した行動が出来る様に導く。その為には、お母さん自身が、子つまり、個人的、私的な、敢えて言えば我がもの(所有する)的な考え方から、如何に早く脱却し、一個の人格を持つ人に育て上げる気概(困難を乗り越えていこうとする強い気性。進取の気性)を持つことではないでしょうか。

「這えば立て、立てば歩めの親心」・・・生まれた子供が這うようになれば、親は早く立たないかと思い、立つようになれば早く歩くようにならないかと願う親の気持ち。

筆者の母から聞いていた子育てに関する経験や筆者自身の子育ての経験からしても、いとけなく可愛らしい時期はあっという間に過ぎ去ります。まるで、初春に芽吹き、青葉からあっという間に成長する稲を見るかの如くです。土作りからはじめ、新芽を時機を違えずに移植し、適切な水温管理、施肥、害虫駆除など様々心配りをして稲を育てていく様は、人の子育てと多くのものが共通しています。干天も有り、長雨もあり、台風もある中で、如何に大地にしっかり根を張り、立派な稲穂をつけるか。そして、「実るほど頭を垂れる稲穂かな*」と称される収穫期を迎えるか、ですね。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」・・・人格者ほど謙虚であるという例え。

posted by at 11:40  | 塾長ブログ

受験は親離れ・子離れの好機2

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp では、今年度も「受験」へ向けての塾生と御家族の様々なドラマがありました。筆者の立場からすると、結果の如何に関わらず良い思い出になるように、との願いはあります。受験の当事者である塾生は、皆それぞれに懸命に努力をしているからです。これから歩む長い人生の最初の挑戦は、必ず「成長の起点」となります。

受験生を見守るご家族は、ハラハラドキドキ。

お父さんやお母さんは、かってのご自身の子供時代を思い起こしたり、我が親の苦労(自分を見守っていた)に思いを致すことでしょう。日本の長い歴史の中で、いつの時代も「子を持って初めてわかる親の恩(子を持って知る親の恩*)」は普遍の真理です。

子を持って知る親の恩、親の恩は子を持って知る・・・自分が親の立場になって初めて子育ての大変さが分かり、親の愛情深さや有難さがわかるということ。

特にお母様の場合は、お腹を痛めた子であるので、愛情の濃度が高いのも事実です。従って、受験には、子供さんと一緒にお母さんが学び直すお気持ちで取り組んで頂くのが良いと考えます。つまり、ご自分が子供さんの年齢だった時に思いを馳せて、子供さんと同じ視点に立ってみるのです。どのようにすると、より良く理解出来るか、どこで壁にぶつかっているか、等々。

受験本番までの時間は有るようで無いのが現実です。その限られた時間を、如何に冷静に有効活用するか。

親子であるからこそ、思いは高まれど、結果が思うように出ず、つい感情的にもなってしまうこともあります。それも母親故。そのような経過を経て、本番。

・・・結果は、「人間万事塞翁ヶ馬*」。長い人生の通過点を無事くぐり抜けても、次の日から新たな舞台へ向けての挑戦が始まります。その時点での結果が思うようなものでなくても、「失敗は成功の母」。次への挑戦の糧に必ずなってきますので、嘆く暇はありません。

受験に挑戦した事が、子供さんの成長に力を与え、お母さんには子供さんを客観視出来る眼力を与えます。

 

* 人間万事塞翁ヶ馬・・・人生では災いがいつ福の因になるかわからず、また福がいつ災いの因になるかわからない。吉凶福禍の転変は測り知れず、禍も悲しむにあたらず、福も喜ぶにたりないことにいう。

「准南子ー人間訓」にある故事による。

 中国、北辺の塞(とりで)に住む老人(塞翁)の持ち馬が胡の地に逃げた。気の毒がる人々に老人は「これがどうして幸いとならないでしょう」と言った。やがてその馬は立派な馬を連れて帰って来た。祝いに駆けつけた人々に老人は「これがどうして災いとなりえないでしょう」と言った。二頭の間に良馬が生まれ、老人の子はその馬から落ちて足を折った。駆けつけた人々に「これがどうして幸いとならないでしょう」と老人は言った。やがて胡の軍勢が侵入し、若者たちは戦って十中九人まで死んだが、足を折った老人の息子は不具のため戦わず、父子共々命永らえたという。

posted by at 19:19  | 塾長ブログ

受験は親離れ・子離れの好機1

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp では、「受験」することの効用を親御さんに伝えます。無論、受験するか否かはご自由です。

先に本ブログ(言葉は知識を刈り入れる道具 カール・ヴィッテの教育法1)でご紹介しましたように、「『子供の教育は、子供の知力が見え始めたと同時に始めるべきだ』。さうすれば、大抵の子供は将来非凡な人間になる。」という考え方は炯眼(けいがん:本質を見抜く鋭い眼力)です。

更に、「遺伝より、教育が大事だ、それも生まれた時から五、六歳までの教育の良し悪しによってきまる」という考え方を一つの物差しとすると、現在の日本の教育環境では小学校受験で、生まれた時から五、六歳までの教育の成果の確認をすることが出来ます。受験の結果、合否の判定が出る訳ですから、これに一喜一憂するのではなく、子供さんの「教育の一里塚」として見ることが出来ます。

また、受験を子供さんの親離れ、親御さんの子離れの好機と捉えると、子供さんの自立、自律心の涵養のはじまりになります。

親御さんが受験することを決めて、子供さんが学び始めるには、いくつものハードルがあります。最初から「知的好奇心」を持つ子供さんは稀です。最初は興味を示さなくても、様々な機会を捉えて、「知的関心」を持たせる工夫が必要になります。子供さんの周りには、様々な切っ掛けが存在しますので、それをどのように活かしていくかが大事です。

posted by at 15:15  | 塾長ブログ

「天皇は本当にただの象徴に堕ちたのか」

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp では、小寒、「寒の入り」にまさに積雪となった一月十一日も元気に塾生が挨拶してくれます。

さて、早速ですが「天皇は本当にただの象徴に堕ちたのか」(竹田恒泰著 PHP新書)のご紹介です。今上陛下が来年ご譲位されるという今、時宜を得た出版です。

「天皇は本当にただの象徴に堕ちたのか」竹田恒泰著

内容紹介からの引用です。

帝国憲法下で天皇は「万能の主権者」だったのか?

戦前に民主主義はなかったのか?

GHQは日本の政治体制をどう見ていたのか?

戦後、天皇の役割と日本の国のあり方は大きく変わったのか?

日本国憲法は帝国憲法と根本的に異なるのか?

 本書では、帝国憲法を丹念に読み解き、日本国憲法との比較を行いながら、タブー視された「事実」を発掘し、定説を根本から覆そうと試みる。

近代国家の成立以降の150年、明治、大正、昭和、平成にわたり連綿と続く「この国のかたち」を明示する渾身の作。

・・・竹田恒泰先生ご自身は旧皇族・竹田宮家の生まれで明治天皇の玄孫に当たられます。筆者も学生時代様々な「憲法」学の書物を読みましたが、日本国憲法を理解するのに腑に落ちる書籍には巡り合いませんでした。その腑に落ちない点が、大日本帝国憲法から日本国憲法への改正に当たり、所謂「八月革命説」が通説として当然視されていたことです。長年の疑問が解けるのではないかと思いながら紐解いています。

posted by at 09:23  | 塾長ブログ
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