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面接試験の挙措動作

長崎市五島町の羅針塾 学習塾・幼児教室では、長崎大学教育学部附属幼稚園・小学校等の受験に限らず、中・高・大学受験、社会人の面接試験につきものの挙措動作も普段から心掛けて練習をしておくべきだと考えています。

面接試験官は、自然な流れの中での一連の動作を注視しています。

扉の開閉、立姿、歩き方、お辞儀、着座姿勢等、普段から良い姿勢を心掛けておかないと、試験に合わせて急に整えようとしてもどこかに破綻が生じます。

姿見で確認したり、他の人に点検してもらいながら、無理のない自然な正しい姿勢を繰り返し訓練することです。

以下の動画なども参考にしてみてください。

「装道」中学・高校生の美しい礼法
https://www.youtube.com/watch?v=w0qqIc6zciM

     正しいお辞儀

posted by at 15:38  | 塾長ブログ

「国立大学の入試で記述式が重視」 

長崎市五島町の羅針塾 学習塾・幼児教室では、
常日頃から適宜「音読」・「漢字」(漢字熟語はひらがなとの交ぜ書きではない正しい漢字)・「文法」を幼児期から学ばせます。
大学受験期になって慌てて「記述式」の試験対策をする様では、所詮「付け焼刃」であると考えるからです。
幼い頃からの日々の積み重ねが、作文→記述問題→論文となります。

平成32(2020)年度から国立大などの1次試験にあたる大学入試センター試験に代え、新しい共通テストが実施される予定です。

平成28年12月14日の産経新聞の社説を引用しつつ、筆者の考えを述べます。
http://www.sankei.com/column/news/161214/clm1612140001-n1.html

「主張」
 記述式の入試 人材育てる労を惜しむな

  ようやく国立大学の入試で記述式が重視されることになった。

 よく考えて書くのは思考力、表現力を育む上で欠かせない。大学入試でその機会が少なかったことの方がおかしい。
しっかり学ぶ教育につなげてもらいたい。

 2020(平成32)年度から国立大などの1次試験にあたる大学入試センター試験に代え、新しい共通テストが実施される予定だ。

 これに合わせ、国立大学協会が2次試験では長文で答える問題を課す方針を示した。
国語が中心で原則、全受験生が対象となる。

 新共通テストの国語と数学で記述式問題を加えることが検討されているが、受験者が数十万人規模になるため採点時間などの問題点があった。
80字以内といった短文なら可能だとしても、それ以上の長文の記述式は2次試験に任せる方が現実的だろう。

 センター試験は私大を含め利用大学が増え、定着してきた。
その一方、大学によってはセンター試験に頼りすぎ、個別試験で手を抜いていなかったか。

 現行センター試験は選択で答えるマークシート方式だ。
前身の共通1次試験時代から「考える力が育たない」と批判があった。

 ならば各大学の試験で記述式を重視すべきだが、現在、国立大2次試験で記述式を課しているのは募集人員の4割にとどまるという。
寂しい限りである。

 どんな学生を採り、育てていくかは大学教育の重要な仕事であるはずだ。
記述式は採点の負担が増えるといった考えがあるなら、おかしい。

 それとも、受験生の文章の良しあしが見極められないほど大学教員のレベルは低いのか。
面接など筆記試験では測れない受験生の能力を多面的に評価することも課題だが、記述式の採点を厭(いと)うような教授らに教育を任せられるか。

 これを機会に、受験科目が少ない入試も見直したい。
昭和54年導入の共通1次は当初、5教科7科目を課していた。
センター試験では大学が必要な試験科目を選ぶ形に変わり、科目が少ない大学が増えた。
物理を知らない理工学部生など、基礎知識を持たずに入学する学生の増加を生んでいる。

 入学後に切磋琢磨(せっさたくま)する教育研究の環境やカリキュラムが肝要なことはもちろんだ。
大学の中身の改革を忘れてはならない。

「大学入試改革」に右往左往する必要はない。

昭和54年導入の共通1次試験以降、度々手直しをしつつ現行の大学入試センター試験となりました。

大学入試センター試験は全教科・全科目で設問の解答をマークシートに記入する方式であり、記述式の設問はありません。
科目ごとに決まっている高等学校の学習指導要領に沿って出題されます。

現在の親御さんはご存知ではないでしょうが、昭和54年以前は、国立・公立大学それぞれ独自の試験問題を受験生に課していました。

従って、大学ごとに個性的な出題が可能で、中には新傾向問題・難問題など、大学が求める人材を選抜する意思が感じられる入試問題だったのです。

そうなると、受験生側も自分が是非学びたいと思う大学・学部・学科を探し、入試問題の傾向と対策を自ら考えなければなりませんでした。
余談ですが、実際に「傾向と対策」という各大学別の過去問題集があり、受験生の必携本でもありました。
また、分厚い大学案内本があり、受験生自らが実力と難易度を分析しつつ受験したい大学を研究しなければなりませんでした。

現在でも、二次試験で各大学別の独自試験がありますが、受験生にとってはマークシート方式試験と合わせると、タイプの異なる試験を二度受験しなければなりませんので、昭和54年以前の所謂「一発勝負」の試験より負担が大きいと言わざるをえません。

その結果が、以下の現状です。

 新共通テストの国語と数学で記述式問題を加えることが検討されているが、受験者が数十万人規模になるため採点時間などの問題点があった。

  センター試験は私大を含め利用大学が増え、定着してきた。
その一方、大学によってはセンター試験に頼りすぎ、個別試験で手を抜いていなかったか。

 現行センター試験は選択で答えるマークシート方式だ。
前身の共通1次試験時代から「考える力が育たない」と批判があった。

更に、

どんな学生を採り、育てていくかは大学教育の重要な仕事であるはずだ。
記述式は採点の負担が増えるといった考えがあるなら、おかしい。

 それとも、受験生の文章の良しあしが見極められないほど大学教員のレベルは低いのか。
面接など筆記試験では測れない受験生の能力を多面的に評価することも課題だが、記述式の採点を厭(いと)うような教授らに教育を任せられるか。

結局、
昭和54年導入共通1次試験以前の、各大学ごとに作成実施する大学入試が、一番良かったのではないか。

その当時、東京大学を頂点とした「受験戦争」というマス・メディアの喧しい批判の中で、受験生の負担軽減を図り、全国的な統一問題を導入する方針が大学改革の主眼でしたが、四十年近くかかっても正解を出すことができません。

また、

 これを機会に、受験科目が少ない入試も見直したい。
昭和54年導入の共通1次は当初、5教科7科目を課していた。
センター試験では大学が必要な試験科目を選ぶ形に変わり、科目が少ない大学が増えた。
物理を知らない理工学部生など、基礎知識を持たずに入学する学生の増加を生んでいる。

社会に出た大学・大学院卒の若者が、基礎学力がない、専門知識がない、コミュニケーション能力がない、語彙力がない、等等の社会人の先輩や上司達から指摘される例も多々ある様です。
ある国立大学の医学部付属病院勤務の若い医師が医療現場で使いものにならない例があるということも仄聞します。

現行のセンター試験では、如何に効率よく受験対策をして(科目数も最小で、出題頻度別に丸暗記し、要領よくコナスこと)大学に合格するかを競うかのようです。

中・高校で、自ら主体的に学ぶ姿勢を身につけようにも、魅力ある授業や、志を育むヒントを与えるような先生方の人生論や偉人伝、歴史への造詣などを披瀝する授業など、現在の教室で展開されていません。
更に、
教科書など等閑視したプリント中心の授業。
次から次へと行われる各種試験の数々。
日々の宿題のプリントの山。
専門性や教養を高める教科書や基本書をじっくり読み込む時間を取りたくても、夏休みなどの長期休暇は補習授業で追われている。
先生の意に反すると内申書にマイナス評価される。

・・・これでは、自主性や主体性など育つはずがありません。
子供達や若者の力不足を招いているのは、詰まるところ教育制度や受験制度の仕組みを作る「大人達」です。

かっての「ゆとり教育」は、教科書の内容を少なくし授業時間を削る方向で制度を組み立てたため大失敗に終わりました。
むしろ、
教科書は分厚くても内容を充実させること、
それに基づき児童・生徒の理解や進度に合わせて自主学習できるようにすること、
春・夏・冬の長期休暇は補習授業をせずに、自由に学問に取り組む時間と心のゆとりを与えること、
土曜日に授業を行うこと、
など、充実した授業時間の確保と家庭学習に自由度を持たせ、失敗をしてもやり直しがきく指導体制を作ることが少なくとも必要であると思います。

小学校まではのんびり授業が進み、中・高校では教科書も等閑にして宿題・試験の山では、古典や文学作品など手に取ることなどできません。
そのような状況を作り出している「大人達」が、試験制度に「思考力」を求めるのは如何なものなのでしょうか。

posted by at 19:03  | 塾長ブログ

国立大 全受験生に記述問題

長崎市五島町の羅針塾 学習塾・幼児教室では、ご縁のある親御さんには『幼児教育』の大事さを普段からお話ししています。
様々な議論がなされている「大学入試改革」について、現在の幼児さんが、十数年すると大学受験年齢になりますので、フォローしていく必要があります。

産経新聞平成28年12月9日

 

大学入試改革を議論している国立大学協会は、国立大の二次試験について、国語を中心に全受験生に記述式問題を課す方向で合意したそうです。
曰く、「論理的思考力は21世紀を生きる子供たちには必要」とし、受験生の思考力などを深く評価するには記述式問題が不可欠、と。

・・・「21世紀を生きる子供たち」だけでなく、「20世紀を生きた子供たち」にも、論理的思考力は必要だったはずですが、と思わず突っ込みそうになります。

では、その論理的思考力をどの様につけていくか、については小・中・高校と具体的な方策で実績をあげていると言うの寡聞にして存じません。

一つのヒントとなるブログの記事が目につきましたのでご紹介します。

「語りかけ」「豊かな語彙」「前向きな言葉」

これからご紹介するのは、米国の例です。
親が○○をしている家は、子供のIQが高い(ダイヤモンド・オンライン 12/8)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161208-00109657-diamond-soci&p=3

 ● 3歳までに聞く「単語数」が語彙力を決める

 貧困層が通うプリスクールの教師のベティ・ハートは、4歳児の語彙力を向上させるべくあらゆる手をつくしましたが、望みはかないませんでした。

 彼女がカンザス大学の修士課程の指導教官トッド・リズリーと共に出した結論は「4歳では手遅れ」というものでした。

 2人は理由を知るために、42世帯の追跡調査を開始。2年6ヵ月にわたり、1ヵ月に1時間の頻度で、家庭内のすべての会話を録音してもらいました。

 録音テープは合計1300時間。書き起こすのに6年かかりました。
 
 ハートとリズリーは、裕福な親と貧困層の親の子どもとの会話の違いを分析する過程で、さまざまな角度から「会話の質」を研究しました。
 名詞と動詞を混在させているか? 
 語彙のレベルは? 
 前向きな会話か、ネガティブな会話か? 

 その結果、最も興味深い変数となったのが「単語数」でした。

・生活保護を受けている世帯の子どもが聞く単語数は、1時間に「平均600語」。
親が専門職に就いている世帯の子どもは、1時間に「2100語」。

・親が専門職の家庭の子どもは4歳までに「4800万語」の語りかけを受けている。
貧困層の家庭の子どもは「1300万語」。
これでは、貧困層の子どもは語彙力と会話の獲得に遅れが出て当然で、この差はのちの学習力に影響する。

子どもが3歳の時点の言語能力から、9~10歳の言語能力は推測できる。

● 親がこれだけの語りかけをしている家は、子どものIQが高い

 語彙力とIQが高く、成績優秀な子どもに育てるには、どのくらい「たくさん」聞かせるべきなのでしょう? 

 研究によると、そのために必要な単語数は1日2万1000語。
1時間あたり2100語です。
かなり手ごわく感じませんか? 私も最初はそう思いました。

 でも、1時間2100語は、休みなくしゃべり続けなければならない分量ではありません。
1時間に15分間おしゃべりしている程度の分量です。

・・・このブログの本文には、「これからの子育ての新基準」と全米で絶賛された話題のベストセラーから、子育てのコツを紹介しています。
参考になることは活用しては如何でしょうか。

posted by at 15:55  | 塾長ブログ

幼學綱要

本日は七十五年前の大東亜戦争(所謂、太平洋戦争)の日米開戦日で真珠湾攻撃が成功した日(昭和十六年(1941)12月八日)です。戦争を賛美するのではなく、歴史的な事実として記憶に留め、何を学ぶかが大事なことです。

その歴史的な日に、偶然古書店で「幼學綱要」の上・中・下三巻と漢文解、合わせて四巻組の箱入り和綴じ本を手に入れました。

長崎市五島町の羅針塾 学習塾・幼児教室では、良き教材を探して戦前の書物を渉猟している矢先でしたので喜びも一入(ひとしお)です。

 

      幼學綱要

「幼學綱要」についての解説や内容については少しずつご紹介していこうと考えています。

 

posted by at 19:49  | 塾長ブログ

母の教えと教訓歌 12 手島堵庵

長崎市五島町の羅針塾 学習塾・幼児教室では、国語教育の一環として古典・漢文の世界にも足を踏み入れます。

さきにご紹介しました実語教(平安時代末期から明治初期にかけて普及していた庶民のための教訓を中心とした初等教科書)のみならず、良書があれば活用していきます。
さて、
「母の教えと教訓歌」シリーズ、今回は手島堵庵です。

    手島堵庵像 

 

井戸掘りて 今一尺で 出る水を 掘らずに出ずと いう人ぞ憂き
(『児女ねむりさまし』の歌)

「井戸を掘り進めているときに、あと一尺(30.3cm)掘れば水が出るのに、掘らないで諦めてしまい「水が出ない」と言うのは悲しむべきことである(困ったものである)。」

江戸時代中期には、商業の発展に伴い都市部の商人は経済的に豊かになっていきました。
一方、百姓は社会の基盤とみなされるが、商人は生産するわけでもないのに利益だけは得ると蔑視されがちでした。
飢饉や疫病の流行の際には米の値段が乱高下し、商人の米の買占めなどにより、一揆や打ち壊しが起きて社会不安も大きくなりました。
商人の閉塞感が広がる中、その精神的な苦痛を救おうとして「人は如何に生くべきか」について論じ始めたのが石田梅岩でした。
梅岩は「石門心学」と呼ばれる道徳哲学において、士農工商は人間の上下ではなく単なる職業区分であること、倹約、正直、堪忍などの精神が大事であること、などの道徳を町人に分かりやすく説きました。

慈悲まこと 正直も皆 我身より 現はれ出づる 光ぞと知る
(石田梅岩)

梅岩の門下に十八歳で入門したのが手島 堵庵です。
石田梅岩亡き後、石門心学の中心となり、庶民への普及に専念して推進者となります。
また、女性のための講座や、年少者の為に日中行う「前訓(ぜんくん)」という講座も開きました。
その講義には道話(*)や道歌(*)などが用いられました。

*道話=心学者によって行われた訓話。身近な例を挙げて、分かりやすく道徳を説いたもの。
*道歌=道徳的、教訓的な短歌のこと。様々な体験から出た世智であり訓戒で、昔から日本人に親しまれている。

手島 堵庵とは

     手島堵庵前訓

手島 堵庵(てじま とあん)
享保3年(1718)~天明6年(1786)
江戸時代中期の心学者。
十八歳の時に石田梅岩に師事。
京都の商家に生まれて家職を勤めながら十八歳で石田梅岩について心学を修め、二十歳で開悟しました。
四十四歳で家督を長子に譲ってのちは心学の布教と統制に専念し、心学普及の推進者となりました。。
隠居した当初は、京都富小路の五楽舎に住み、講学の場とするも、門弟の増加により、安永2年(1773年)に五条東洞院に修正舎、安永8年(1779年)には西陣の時習舎、天明2年(1782年)には、河原町に明倫舎を建て、石門心学の普及、宣伝に尽力します。
弟子には、中沢道二・布施松翁・上河淇水・脇坂義堂・薩埵徳軒などがいます。

梅岩を継承して人間の本質を「性」に求める教化理念を中核としましたが、梅岩教学にみられた社会批判の側面を捨象し、心に「思案なし」の境地を築く自己批判を中心とした精神修養によって心学を再構成しました。

世俗的な文言や絵を刷りこんだ「施印」、幼児教育にも努め、子供向けに『新実語教』『男子前訓』『女子前訓』、女性向けに『女冥加訓』、子守娘には『子守唄』を編述するなど、布教の相手にふさわしい教材や教科書を用意して教化に努めました。

posted by at 16:56  | 塾長ブログ
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