長年子供達と接していると、知的レベルに変化があることに氣付きます。それは、文部科学省(旧文部省)の指導要領の改訂や、大学入試改革という名の入試制度の変更によって、より良い方向への改訂や改革ならば素晴らしいのですが、そうはなっていない現実があるからです。

その知的レベルの差、読解力の低下が顕著であることです。

その原因を、見事に抉(えぐ)っている書籍が有ります。

新井紀子先生の書籍

 

・・・新井紀子氏 東京都出身。一橋大学法学部およびイリノイ大学数学科卒業、イリノイ大学5年一貫制大学院を経て、東京工業大学より博士(理学)を取得。専門は数理論理学。数学以外の主な仕事として、教育機関向けのコンテンツマネージメントシステムNetCommonsや、研究者情報システムresearchmapの研究開発がある。
2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクタを務める。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導。(https://researchmap.jp/arai_noriko/

日本の教育界を震撼させるであろう女性ではないでしょうか。

その提言を素直に受け止め、実践すると、日本の教育界の劣化を食い止めることができるかもしれません。

日本の子宝である子供達を救うことができるのは、本当の教育です。

そこで、筆者が常々懸念していたことを喝破している著述がありましたので、一部引用してご紹介します(是非、当該書籍を手にとってお読みいただくと、子供さんの教育の一助になると思います)。

「AIに負けない子供を育てる」新井紀子著 東洋経済新聞社発行 P.182〜

ある研究授業からのお話です。

2Bの世界

とてもよく練られた良い授業だったと思います。検討会でも概ね好評でした。

けれども、私は一つだけとても気になったことがありました。それは、生徒の使っていた鉛筆の多くが2Bだったことです。私が小学校に通っていた1970年代には、2BやBは低学年で使うものでした。書く量が増え、筆圧が上がると、HBに替えます。高学年になるとHを使う生徒もいました。2BやBではすぐに鉛筆の先が丸くなってしまい、6時間の授業のノートを書ききることができないからです。「書く量が減っているな」と直感しました。

・・・新井先生と同じ懸念をず〜っと筆者も持っていました。

個人的には、小学校の一年で2Bを使ったら、学年が上がるごとに硬度の高いHB、H、2Hと鉛筆を変えていた記憶があります。筆者の小学校の恩師は、厳しくも子供の心理をよく掴んでおられた先生でした。授業中は一切の私語はなく、先生のお話を聴く際は背筋を伸ばし、手を太腿の股関節間際に置き、先生の目をしっかりと見ることが必須でした。先生の板書の文字は達筆で、算数の図形も木製の三角定規を用い、素晴らしく上手なものでした。先生が書き終わるまで、その所作をしっかりと観察し、書き方をじっと観て、先生の許しが出たら、自分のノート(帳面と言っていました)に書き写します。その頃を思い出すと、あっという間の一限45分間でした。

実際、めあてである「図形を正しくならべよう」というたかだか11文字を写すのに、生徒の間でかなり時間差があります。こうした文章を写すときに、文単位で写せるか、文節単位(図形を、正しく、ならべよう)か、語単位か、文字単位か、それとも画数ごとかということは、後ろから見ていて、「頭の上げ方の回数」でほぼわかります。

画数ごとに頭をあげる生徒は学習障害を疑った方がいいでしょう。文字単位の生徒は、文を意味として把握できていない可能性があります。人は意味のない記号列は最大で7、8文字しか覚えることができないので、文で写せるか、文字単位でしか写せないかというところで、「図形を正しくならべよう」という目標が「意味」として頭に入っているか否か、大体の目安がつきます。

(中略)

検討会の最後の講評で、私は、「なぜ生徒の多くが4年生になっても2Bを使っているのでしょう。筆箱に入っている鉛筆の数から考えると、ノートをとらせる途中で芯が丸くなってしまうのでは?」と尋ねました。

鋭い指摘に、研究授業を行なった先生方の応えが驚きです。

すると、授業を担当した先生だけでなく、授業を参観していた他の先生方も、「ノートはあまりとらせないんです。プリントやワークシートを配布して、授業をさせることが多いので」と言います。「なぜ?」と尋ねると、「黒板を写させる活動はアクティブラーニングではなく、一方的な教え込みですから」とか「黒板を写させる時間がもったいない。それならば話し合いの活動に時間を割いたほうがいい」とか「電子黒板だと、コンテンツを次々に投影するので、ノートは取れないですから」と言います。

どうやら、黒板を写させると、写すのにかかる時間が生徒によって差が大きく、全員が写し終わるのを待っていると早く写し終わった生徒は飽きてしまうし、早い生徒に合わせると、ノートが白いままの生徒が出てしまうようでした。

疑問に思って、いろいろな自治体の小中学校ワークシートやプリントを集めてみました。それで、「アッ」と思いました。先生の手作りのものも業者によるものも、文章を書かせるものより、穴埋め形式のものが圧倒的に多かったのです。

これでは、黒板に書かれていたり電子黒板に投影されている文章を「文章として」読まなくても、キーワード検索でプリントを埋められてしまいます。そして、そのキーワード部分を覚えれば、テストでそれなりの点を取れてしまうではありませんか!

・・・筆者の懸念と同様のことを、新井先生は縷々(るる)述べられています。

所謂(いわゆる)「ゆとり世代」の少し前から、子供さん達のノートの筆記量が減っていることに、不安を感じていましたが、まさにそれを裏付けるような指摘です。

小学校高学年でも、軟筆(2B、Bなど)を使い、筆圧が低く、漢字の止め・跳ねもしっかり書けない子がどんどん増えていました。土曜日授業がなくなり、習字の授業がなくなり、「書く」ことの機会がどんどん減ってきたことが、読解力の減退につながってきたと思うのは筆者だけではないと思います。

文部科学省が全国の公立・国立の学校に導入を進めているICT(Information and Communication Technology 情報通信技術)にも懸念があります。

文部科学省が国・公立学校の教育現場において、パソコンやデジタルテレビを導入し、子共達の情報活用能力の育成を図るための「ICT環境整備事業」を展開していますが、これを進めれば進めるほど、読解力を削ぐことになりかねません。実際、国公立や私立の授業を参観する機会に感じることは、各種の高価な機器が子供達の教育に資するというよりも、先生方の効率的な授業運営の為の「道具」でしかないのでは、ということです。

世界に誇れる日本のかっての教育は、生徒児童の目をしっかり見ながら、それぞれの理解を授業中に確認し、それぞれに応じた教育指導をしていたことにある、と思います。ICT機器を用いた授業は、筆者にとっては、心に響かないプレゼンテーションを見ているかのようでした。

posted by at 17:33  |  国語力について, 塾長blog

幼児さんの学びの導入時は特に成長の差があります。
身体の大きさも異なるように
興味があるものも様々。

いきなりカリキュラムにはめ込むのではなく
どんなことが好きか
何に興味があるのかを見ていきます。
遊んでいるように見えますが
取り組んでもらっていることは
少し難しいことです。

「あ〜できない。」
「あきた〜」なんて言いながら取り組む子
黙々とやってみる子
黙って何もせずに見ている子、様々です。
しかし、通塾のうちに頑張ろう!と前向きに
取り組んでいます。

素直に前向きに取り組む子は
成長も早い。
できないから、やらないからダメではなく
何がキッカケなのか。
何のためにやるのか。
幼児さんにもしっかりと理解させて
取り組ませていけば変化が出てきます。

「ハキハキ!元気!賢い子」

羅針塾に通塾したおかげで
遊びが変化しました。という御家庭ばかり。
五感を使い遊び、観たり聞いたりすることに
関心を持つようになります。
賢くなる為の一歩です。
様々なことに興味を持ち出すと
どんどん吸収し賢くなっていきます。
ここから学びを深めていき成長に合わせて
カリキュラムを進めていきます。

posted by at 18:12  |  学習塾 幼児教室blog

自分自身の子供の成長をしっかりと把握して
他人と比べないようにしてくださいね。とお話しします。
日々、受験日が迫り他と比べると
お母様が焦ってしまいます。
この焦りが子供に移ります。

国立の受験まで約一ヶ月。
これからは丁寧に基本を磨き直します。
観ること、聞くこと、考えること、伝えること。
もう一度初めからです。

苦手は何なのか?
気をつけることは何か?
一人一人の成長に合わせて見直していきます。

「ハキハキ!元気!賢い子」

噂話に流される人もいれば
全く動じない人もいます。
日々同じような学びに痺れを切らす人もいます。
高い頂を目指す時は、一歩一歩。
辛抱、辛抱です。
ギューッとグーンと伸びる子も
どこかでしっかりと積み重ねをしています。
他人と比べる前に目の前のことを
冷静に考え集中。
焦りや怒りや不安や・・いろんな思いを
冷静に受け止めて力に変えることができる時。
子供達はその波動を受けて賢くなっていきます。

posted by at 19:18  |  学習塾 幼児教室blog

羅針塾の学びは、自分自身で学ぶ力をつけること。
一人一人が自立・自律し
御縁のある場所でトップクラスとなり活躍しています。
来年度に向けて幼児さん達の学びも進み
日々賢くなってきています。

面談に来られた御両親にお話をすると
「こんな場所で学ばせたい。」
「こんな学びをしてみたかった。」と伺います。
年齢や学年に関係なく進む一人一人の取り組みは
目を見張るものがあります。

こんな感じで受験に勝てるのか。
こんな時期から受験に間に合うのか。
一人一人に「これだ!」と思うきっかけがあると
本当に早い。
一つ一つの出来事、会話、考え・・
「何」かを
聞いたり、伝えたりすることから始まります。
「沢山の言葉を伝えてください。」
「沢山の会話をしてください」とお話しします。

「ハキハキ!元気!賢い子」

家に帰ってからの遊びが変化しました。
前はテレビやDVDばかりだったのですが
考えて作ったり、読んだり、観察して真似たりと。
周りが本当にびっくりするんです。と
話してくださいます。

幼児さん達は本当に辛抱強く取り組みます。
先生達が感心する程です。
得意はシッカリと伸ばしてあげたい。そう考えています。

日々の自宅での取り組みは大事。
ゆっくり心を落ち着けながら何かを楽しむ時間。
お稽古事に追われているとできないことです。
自分自身で考えて学び出す。
トップクラスになる為の極める学びは
生活リズムの中から生まれてきます。

京都のお土産ありがとうございました!
リクエストのイノダコーヒも美味しいティーブレイクでした。

posted by at 19:31  |  学習塾 幼児教室blog

国語力をつける大前提として片仮名をスラスラと読めることが必要です。現在の小学校教育では、片仮名を蔑ろにして平仮名から混じり書きの漢字へと進み、本当の国語力を付ける様にはなっていません。

さて、「片仮名」の文化的・歴史的な意義について述べてある著述、平泉澄(きよし)先生の「少年日本史」(P.185〜)から続きの引用です。

いきなり、言葉の用い方のお話が続きます。

太政官符というのは、太政官から出される命令の文書ですが、それは、「まさに何々すべき事」と題目をかかげて、それが單數ならば、之を受けては、「右」といい、その題目が複数である場合には、「以前」と之を受けるのです。單數に「右」といい、複数に「以前」と云って、決して混雜しないのを見ると、古い時代の頭脳の緻密さ、言語のきびしさが、想いやられるではありませんか。

昔の言葉、一定の理法のあったことは、たとえば、「無し」という言葉、上に「ぞ」があれば、「無き」となり、上に「こそ」があれば、「無けれ」となるによっても、分かりましょう。

古今集から例をとれば、

小倉山 峯立(みねた)ち馴(な)らし 鳴く鹿の 經(へ)にけむ秋を 知る人ぞ無き

は、「知る人無し」としても、意味は分かるのですが、それを強めて、「知る人ぞ」といえば、「無し」は「無き」と受けなければならず、もし「知る人こそ」といえば、「無けれ」とならねばならないのです。

・・・この後、平泉澄先生は、古今集から「係り結び」の歌の例を紹介されます。

殘りなく 散るめでた さくら花 有りて世の中 はての憂ければ

春の日の 光にあたる 我なれど かしらの雪と なるわびし

音羽山(おとはやま) けさ越えくれば ほととぎす 梢はるかに 今鳴くなる

山里は 冬さびしさ まさりける 人めも草も 枯れぬとおもへば

月見れば ちぢに物こそ 悲しけれ 我が身ひとつの 秋にはあらねど

戀(こひ)すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか

春の夜の 闇はあやなし 梅の花 色こそ見え 香(か)やは隠るる

かたみこそ 今はあだなれ これなくば 忘るる時も あらましものを

花の散る ことわびしき 春がすみ たつたの山の うぐひすの聲(こゑ)

春霞(はるがすみ) たつを見すてて 行(ゆ)く雁は 花無き里に すみならへる

あしびきの 山ほとどきす わがごと 君に戀ひつつ いねがてにする

暮るるかと 見ればあけぬる 夏の夜を 飽かずと 山ほとどきす

 こういう風に、かかりむすびの法則があって、少しも亂れていません。いや、是ほど難しい例を引き出すまでも無く、動詞の活用を考えれば、すぐに分かりましょう。

「行く」をとれば、明日行ば、行給ふ、行人、早行

「書く」ならば、文書ば、書終る、書子、大きく書

などと活用しましょう。

すべて是等を、どのように整理し、どのように説明したならば、國語の構造を明らかにし、人々に分かりやすくなるでしょうか。

もしも、五十音圖というものが無かったならば、これは非常に難しく、處置(しょち)がつかなかったでしょう。五十音圖があればこそ、何段活用など云って、之を整理し得るのです。國語の複雑にして、しかも美しい性質は、それは遠い遠い昔からあったでしょう。然し學術的に之を研究して、その本質を明確に理解し、その構造を明快に圖示したものは、前には無かったのです。それは何としても、五十音圖を待たねばならなかったのです。そして五十音圖が一たび作られると、それは國語の正しい姿を示すと共に、その正しさを維持する上に役立だったのです。

・・・このように説明していただくと、片仮名の五十音図の成り立ちがよく分かり、中・高生の時に学んだ現代国語や古典の文法など、筆者自身本当に表面的な理解であったことが分かります。当時は、恥ずかしながら機械的に暗記することに終始していました(懐かしくもありますが)。

人によっては、國語というもの、時代時代によって變(かわ)ってゆくものとして、流動變化を重く見る考(かんがえ)があります。然し、變化流動は、國語だけではありますまい。ほっておけば、禮儀(れいぎ)も亂(みだ)れ、作法も崩れ、道徳も忘られてゆくのです。その崩れやすい中に、規準を立て、理想を示す事が大切です。

國語の最も美しい形を平安時代に見、その正しい構造を五十音圖によって考え、言語を清く正しくする事が大切です。

 

・・・最澄(傳教大師でんきょうだいし)の門流、安然から明覺に至るまでの手による偉大な功績を、私達は尊重し、その恩恵に感謝しなければならない、と平泉澄先生は結ばれています。

posted by at 20:00  |  国語力について, 塾長blog
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