幼児さんの塾生が一斉にある本の音読をしている際に、「おめずおくせず」という語句が出てまいりました。

「怖めず臆せず」とは、「少しも怖れたり気後れすることなく。堂々と。」の意です。塾生が長じて成人してからも、立派な日本人として怖めず臆せず、其々の行く道を歩んで貰いたいと祈念するばかりです。

さて、「我が道を行く覚悟」について、二宮翁夜話 巻一 十より、引用してご紹介します。

翁曰、 親の子における、農の田畑に於る、我道に同じ、 親の子を育(ソダツ)る無頼(ブライ)となるといへども、養育料を如何せん、農の田を作る、凶歳なれば、肥代(コヤシダイ)も仕付料も皆損なり、夫(それ)此道を行はんと欲する者は此理を弁(ワキマ)ふべし、

・・・二宮翁が仰るには、親が子に対する姿勢、農業の田畑に対する姿勢は、私にとっては同じ「道」である。親が子を育て、無頼(定職を持たず、素行の悪いこと)となるとしても、その養育料をどうしたら良いのか。農業の田を作る際に、凶歳(不作の年)となれば、肥料にかかる費用も仕付け(作物を植え付けること。特に、田植え。)の費用も、皆損をすることになる。そもそもこの道を行おうと欲する者は、この理(物事の筋道。道理。)を弁えて(善悪の区別をして)おかなければならない。

吾始(ハジメ)て、小田原より下野(シモツケ)の物井の陣屋に至る、己が家を潰して、四千石の興復一途(いちず)に身を委(ユダ)ねたり、是則(これすなわち)此道理に基けるなり、

・・・私(二宮翁)は、始めて小田原(現神奈川県の小田原)より下野(旧国名、現栃木県)の物井の陣屋(*)に赴任した。己(自分自身)の家を潰して(犠牲にして)、四千石の復興に一途(一つのことだけに打ち込む事)に身を委ねた(一身を捧げた)。これはすなわちこの道理に基づいていたのである。

(*)物井の陣屋:小田原城主である大久保加賀守忠朝の三男教信が分家して、旗本であった宇津家を再興した。その際下野国桜町領にて四千石を知行し、元禄12年(1699)この地に陣屋を創設した。
その後、五代教成にいたり、領内がすこぶる疲弊し、陣屋役所の頽廃も極度に達したため、財政改革・領地復興のために本家である小田原藩から依頼され、二宮金次郎が文政5年(1822)に赴任することになった。以来26年間、桜町陣屋を中心に活動し、桜町領の復興に成功した。
陣屋は旗本宇津家の知行所三か村(物井・横田・東沼)四千石の統治のために、元禄12年(1699)創設され、明治4年(1871)に至る172年間の役所である。敷地構内は東西約90m、南北約109m、回字形で面積1.1ヘクタール余をはかる。内部には田畑、宅地、池、井戸、神社等がある。周辺に土塁をめぐらし、外周三方に堀が通じている。
その後、二宮金次郎は日光神領の復興を命じられ、今市報徳役所にあって着々成果を上げたが、70歳で亡くなり、如来寺(現在の報徳二宮神社境内)に埋葬された。

二宮尊徳所縁の地(https://www.tochigiji.or.jp/spot/8563/)より引用

 

夫(それ)釈(シヤク)氏は、生者必滅(セウシヤヒツメツ)の理を悟り、 此理を拡充して自ら家を捨(ステ)、妻子を捨て、今日の如き道を弘めたり、只此一理を悟るのみ、

・・・そもそも、お釈迦様は、生者必滅(しょうじゃひつめつ:生ある者は必ず死ぬという事)の理(真理)を悟られ、この理を拡充(広げ、充実させること)して自ら家を捨て、妻子を捨て、今日の如き「道(仏道)」を弘められた。ただこの一理(一通りの道理)を悟るのみである。

夫(それ)人、生れ出(いで)たる以上は死する事のあるは必定(ひつじょう)なり、長生といへども、百年を越(コユ)るは稀なり、限りのしれたる事なり、 夭(ワカジニ)と云(いう)も寿(ナガイキ)と云(いう)も、 実は毛弗の論なり、譬(タトヘ)ば蝋燭に大中小あるに同じ、 大蝋といへども、火の付(つき)たる以上は四時間か五時間なるべし、 然れば人と生れ出(いで)たるうへは、必(かならズ)死する物と覚悟する時は、一日活(イキ)れば則(すなわち)一日の儲(マフケ)、一年活(イキ)れば一年の益也、故に本来我身もなき物、我家もなき物と覚悟すれば跡は百事百般皆儲なり、予が歌に「かりの身を元のあるじに貸渡し民安かれと願ふ此身ぞ」、 夫(それ)此世は、 我(われ)人(ひと)ともに僅(ハツカ)の間の仮の世なれば、 此身は、かりの身なる事明らかなり、 元のあるじとは天を云(いう)、このかりの身を我身と思はず、生涯一途(ヅ)に世のため人のためのみを思ひ、 国のため天下の爲に益ある事のみを勤め、一人たりとも一家たりとも一村たりとも、困窮を免(マヌカ)れ富有になり、土地開け道(ミチ)橋(ハシ)整ひ安穏に渡世の出来るやうにと、夫(それ)のみを日々の勤とし、朝夕願ひ祈りて、おこたらざる我(わが)此身である、といふ心にてよめる也、是(コレ)我(ワレ)畢生(ヒツセイ)の覚悟なり、我道(ワガミチ)を行はんと思ふ者はしらずんばあるべからず

・・・そもそも、人は生まれ出でたる以上は死ぬことは必定(ひつじょう:必ずそうなることは決まっていること。そうなることが避けられないこと)である。長生きをするとしても、百歳を超えることは稀であり、(所詮は)限りあることである。夭逝(ようせい:年若くして死ぬこと)というも長寿(ちょうじゅ:長生きすること)というも、実は毛弗(もうふつ:わずかな違い)の論である。

たとえば、蝋燭(ろうそく)に大中小あることと同じである。大蝋(大きな蝋燭)といっても、火がついた以上は(燃えている時間は)四時間か五時間しかない。そうであるから、人として生まれ出でた以上は、必ず死すべきものと覚悟(悟りを開くこと)するときは、一日活きれば(生存すれば)則ち一日の儲け、一年活きれば一年の益(利得)となる。故に、本来(もともと)我が身も無いものと、我が家も無いものと覚悟すれば、跡(あと:人が残したもの)は百事百般(色々なことやいろいろなほうめん、万事万般)は皆儲けである。

予(私)の歌に、

「かりの身を 元のあるじに 貸渡し 民安かれと 願ふ此身ぞ」

そもそもこの世は、私も人も共に僅かの間の仮の世であるから、この身は仮の身であることは明らかである。元のあるじとは、天のことである。この仮の身を我が身と思わず、生涯を一途に(一筋に)世の為人の為とのみ思い、国の為、天下の為に益(役立つこと)あることのみを、勤め(当然しなければならない)れば、一人でも一家でも一村であっても、困窮(貧乏で困ること)を免れ、富有(豊かで富むこと)になる。土地を開墾し、道や橋を整えることができ、安穏(穏やかで無事な様)に渡世(社会の中で働きつつ生きること)出来るようにと、それのみを日々の勤めとし、朝夕(朝な夕なに)願い祈って、怠り無い私のこの身よ、という心にて詠んだのである。

これは私の畢生(ひっせい:生涯、一生)の覚悟である。

我が道を行わんと思う者は、知らずんば在るべからず(知らずにあるべきでは無い、知らずに居られようか)。

 

・・・私達の御先祖様達は、此のような覚悟を常に心に留めて精進をしていたのです。管見ながら、古典を紐解くことによって、幼児期から倫理観と志を植えつけていくことが肝要では無いか、と。

武漢ウィルスが世界中に蔓延しつつあるこの時期に、久し振りに二宮翁夜話(にのみやおうやわ*)を読んでいますと、改めて感じ入ることがあります。

*二宮翁夜話・・・二宮尊徳の門人福住正兄(ふくずみまさえ)が,師の身辺で暮らした4年間に書きとめた《如是我聞録》を整理し,尊徳の言行を記した書。1884‐87年正編5巻刊行。正編には233話,続編(1928)には48話を収める。尊徳の自然,人生,歴史観ならびに報徳思想の実体が,平易に,私心を交えず伝えられた,彼の全貌を知るための手引書である。

二宮翁夜話 巻一 九より引用してご紹介します。

越後国の産(モノ)にて、笠井亀蔵と云者あり、故ありて翁の僕(ボク)たり、翁諭(サト)して曰、 汝は越後の産なり、越後は上国と聞けり、 如何(イカ)なれば上国を去(サリ)て、他国に来れるや、亀蔵曰、上国にあらず、田畑高価にして、田徳少し、江戸は大都会なれば、金を得(ウ)る容易(タヤス)からんと思ふて江戸に出づと、 翁曰、 汝過(アヤマ)てり、 夫 (それ)越後は土地沃饒(ヨクジヤウ)なるが故に、食物多し、食物多きが故に、人員多し、人員多きが故に、田畑高価なり、田畑高価なるが故に、薄利なり、然るを田徳少しと云ふ、少きにあらず、田徳の多きなり、田徳多く土徳(ドトク)尊きが故に、田畑高価なるを下国と見て生国を捨(すて)、 他邦に流浪するは、大なる過ちなり、  過ちとしらば、速(スミヤカ)にその過ちを改めて、帰国すべし、越後にひとしき上国は他に少し、然るを下國と見しは過ちなり、

・・・(筆者現代語訳)

越後国(佐渡島を除く、新潟県全域に相当)出身の笠井亀蔵という者が在り、事情があって翁(二宮尊徳)(おきな:老人の敬称)の下僕(げぼく:召使い、下男)をしておりました。翁が諭して仰るには、

「汝(お前)は越後の出身で、越後は上国(近世、石高の大きな藩、格の高い藩)と聞いている。何故に上国を去って、他国に来たのか。」

亀蔵が言うには、

「上国ではありません。田畑は高価にして、田徳(田の恵、富)は少ないのです。江戸は大都会なので、金を稼ぐには容易であろうと思って、江戸に出て参りました。」

翁が仰るには、

「お前は過っている。其れ越後は土地が沃饒(よくじょう:田畑が肥沃、土地が肥えていて作物がよく採れること)である為に、食物が豊富である。食物が豊富である為に、住む人が多い。住人(人口)が多い為に田畑が高価である。田畑が高価である為に、薄利(利益が少ないこと)であると。然る(そうであること)を、田徳(田の恵、富)が少ないという。(ところが)少なくはなく、田徳は多いのである。田徳は多く土徳(土地の恵み・有難み)は尊いが故に、田畑が高価であることを下国(近世、石高の小さな藩、格の低い藩)と見て、生まれた国を捨て他の邦(くに)を流浪するのは、大いなる過ちである。過ちを悟ったならば、速やかにその過ちを改めて、国に帰るべきである。越後に相当するような上国は他に少しあるだけである。そうであるのに、下国であると見るのは過ちである。」

是を今日、暑気の時節に譬へば、蚯蚓(ミヽズ)土中の炎熱に堪兼(タヘカネ)て、土中甚(ハナハダ)熱し、土中の外に出(いで)なば涼しき処あるべし、土中に居るは愚(グ)なりと考へ、地上に出(いで)て照り付られ死するに同じ、夫(それ)蚯蚓は土中に居るべき性質にして、土中に居るが天の分なり、 然れば何程熱(アツ)しとも、外を願はず、我本性に随ひ、土中に潜みさへすれば無事安穏なるに、 心得違ひして、地上に出(いで)たるが運のつき、迷(マヨヒ)より禍を招きしなり、

・・・これを昨今の暑気の時節(真夏の時期)に喩えれば、蚯蚓(ミミズ)が土中の炎熱(燃えるような暑さ)に耐え兼ねて、土中の甚だしく熱していることから、土中の外に出ていけば涼しいところがあるだろうし、土中に居残るのは愚かであると考え、地上に出て日に照り付けられて死んでしまうことと同じである。そもそも蚯蚓は土中に居るべき性質であるし、土中に居るのが天分(生まれつきの性質)である。然れば(そうであるならば)どれ程熱くても、外に出ることを願わず、自分の本性に従って、土中に潜んでさえいれば無事で安穏な(暮らしができる)のに、心得違い(間違った考え)をして地上に出てしまったら運の尽きである。迷いによって禍(災い)を招いてしまうことになる。

夫(それ)  汝もその如く、越後の上国に生れ、 田徳少し、 江戸に出(いで)なば、 金を得る事いと易からんと、思ひ違ひ、自国を捨(すて)たるが迷の元にして、みづから災を招きしなり、 然れば、今日過ちを改めて速(スミヤカ)に国に帰り、小を積んで大をなすの道を、勤(ツトム)るの外あるべからず、心誠に爰(コヽ)に至らば、おのづから、安堵の地を得る必定なり、 猶(ナホ)迷(まよい)て江戸に流浪せば、詰(ツマ)りは蚯蚓の、土中をはなれて地上に出(いで)たると同じかるべし、 能(よく)此理を悟り過を悔ひ能(よく)改めて、安堵の地を求めよ、 然らざれば今千金を与ふるとも、無益なるべし、我(わが)言ふ所必ず違(タガ)はじ

・・・「それ汝も同様に、越後という上国に生まれ、田徳が少ないので江戸に出れば、金を得ることは非常に容易いのではないかと、思い違いをし、自分の国(故郷)を捨てたのが迷いの元であり、自ら災いを招いてしまっている。そうであるならば、今過ちを改めて速やかに国元に帰り、小を積んで大を為す道に精進する外はない。心素直にこの心持ちに至れば、自然に安堵(あんど:安心する、心が落ち着くこと)の地(場所)を得ることが必ず出来る。猶(なお:まだ)迷ったまま江戸を流浪(さまよい歩くこと)するならば、鯔(トド)の詰まり(物事の行き着くところ)、蚯蚓が土中を離れて地上に出てくることと同様である。能く(手落ちなく)この理屈を悟り、禍を悔いて能く(上手に)改めて、安堵の地(安心して住むことができる土地)を求めなさい。然らざれば(そうでなければ)、今千金(多額の金銭)を与えても、無益(無駄なこと)なこととなってしまう。私が申し述べることは、必ず違う(たがう:一致しない)ことはない。

映画「二宮金次郎」https://ninomiyakinjirou.com

・・・二宮尊徳の具体的でわかりやすい話は時代を超えて説得力があります。

また、長い人類の歴史の中で、様々な警句(奇抜な表現で、巧みに鋭く真理を述べた短い言葉)があります。

The grass is always greener on the other side of the fence.(隣の芝生は青い)

The darkest place is under the candlestick.(最も暗い場所はろうそく立ての下である)

The nearer the church, the farther from God.(教会に近ければ近いほど、それだけ神から遠くなる)

 

最難関校受験体験記がよく掲載されていますね。
なるほど!と思って読んでいます。
同じようになるには、このお稽古事は必要!
よくよく考え気をつけて欲しいと思っています。
合格体験記は、集大成のほんの僅かな部分が
書いてあります。
どんなご家庭でも長い時間
陰に日向に受験生を
支え続けているのです。

ただ、習わせれば良い。
ただ通わせれば良い。ではありません。

興味を持たせるか。
どのように理解させるか。
国語の力は本当に大事だと思います。
全ての教科において
全ての説明において
日本語でなされるのですから。

国語の力がなくては
何もわかることが出来ません。
何が不思議なのか調べ理解しなくては
いけません。
こんな解き方だ!とやり方だけ覚える
のは後が続かない。
これが、こうだから・・・
一つ一つを自然と積み重ねができるように
ならないといけません。

「ハキハキ!元気!賢い子」

グローバルな時代だからこそ
国語力は大事。
日本語は大切なのです。
豊かな表現力ができるのは
日本語だからこそ。
日本の伝統や風土や季節があります。

賢い子は理解が深く
機転が効きます。それは国語の力があるから
日本語を大事にしているからだと思います。

お洒落なひよこサブレを頂きました。
メープル味ですって。
ありがとうございます。感謝申し上げます。

posted by at 16:23  |  学習塾 幼児教室blog

自分自身で学び、身につける。
羅針塾は大事なことだと思っています。
いつまでも、人に頼りきりの勉強は
本当の学びではないのです。

「何なのか」
「どこか大事か」

考えることが大事です。
塾生にはもちろん
お母様達にも直ぐに答えを
教えるのではなく、解き方を教えるのではなく
少しづつのヒントを出してあげて下さい。
と、お話します。
時間をかける。大事なのです。

今日出来ない。で諦めない。
明日できるかもしれない。
何日かかってもいい
もう一度熱を冷ましてから考える。
違う視点から見る。大切なことです。

「ハキハキ!元気!賢い子」

休校の間に自宅で展開図形を作ったり
ペットの迷路を作ったり
料理やお菓子作りにチャレンジしたり
普段できないことに時間をかけてゆっくりと
取り組んだ御家庭も多いようです。

時間をかけて学ぶ。
日々の生活の中から物の考え方
物の見方を学ぶことが出来ます。
基本基礎をじっくりと。
よく聴き、よく観て、しっかりと判断をする。

時間をかけて一つづつ
できるように成長させていきたいと考えています。

これなあ〜んだ。
やっぱりお洒落なデザイン。
サクラクーピーのパッケージです。

posted by at 17:44  |  学習塾 幼児教室blog

春期講習が始まりました。
休校対応を行なっていたので
感覚的には、ずーっと春休み。
今週からは
登校日があった学校
通常授業に戻った学校
修了式を楽しみにしている塾生さん達
先生達も万全な体制でお迎えしていますよ。

卒園式や卒業式が終わり
お母様から嬉しい御言葉と写真がメールで来たり
御両親で挨拶に来られて、将来に向けて
じっくりとお話したり
嬉しい手紙と手作りのお菓子を頂いたりと
毎回、ジーン。。ジーン。。と。。
皆様、感謝申し上げます。

御卒園・御卒業おめでとうございます。

「ハキハキ!元気!賢い子」

新しい環境に向けて
一人一人が一歩づつ飛び立とうとしています。
春期講習はそのための力を蓄える。
軽やかに助走できるように。
毎日が楽しいね。面白いね。
と言えるようにしっかりと
基本基礎を積み重ねていきたいと思います。

立派な御手紙に思わず涙。。
成長したなあ〜と。
これからが楽しみです。

posted by at 17:13  |  学習塾 幼児教室blog
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