教科書に載らない歴史上の事実6 氏族制度と祭政一致

長崎市五島町にある難関大学・医学部を目指す幼児教育・学習塾 羅針塾では、これからの日本を支える子供達にしっかりと学ぶ力をつけていって欲しいと考えます。

その学ぶ力の源泉となるものが日本の歴史です。何故なら、人が依って立つ自我は連綿と続く祖先からの血の連続だからです。血族(血縁によって繋がる人々)が、様々な困難を乗り越えて紡いできたことの継承者が、現在の自分自身です。そう考えると、徒(あだ)や疎(おろそ)かに時間を浪費せず、日々精進して学び続けることが出来るのではないでしょうか。

さて、大東亜戦争終結後、米国占領下(1945~1952)の日本で「焚書(ふんしょ)」(思想弾圧の手段として発行出版を禁じられること)された書物が多数ありますが、その中の一冊に「二千六百年史抄」菊池寛著があります。近代文学の立役者、菊池寛による名作歴史書とも言われているものです。

その中の一節を引用してご紹介します。

氏族制度と祭政一致 

わが国上古の社会制度の特色は、氏族制度と祭政一致である。上古は、祖先を同じくする人々が、強固に団結して、祖先伝来の職業にいそしんでいたのである。中臣氏(なかとみし)、斎部氏(いんべし)が、朝廷の祭祀を司(つかさど)り、物部氏(もののべし)、大伴氏が武将として兵事に当たり、、弓削氏(ゆげし)が弓の製造に従事し、玉造氏(たまつくりし)が玉の加工当たったようなものである。

そして、氏(うじ)中最も正系に属する人を氏上(うじのかみ)として尊信し、他を氏人(うじびと)と言ったのである。一つの氏に、氏人が多くなると、その一部は新しく土地を求めて、住居を作って、その地名などによって氏を作ったが、それを子氏(こうじ)と称し、初めの氏を大氏(おおうじ)と呼んだ。子氏にも氏上があり、その子氏を統一して、その子氏全体は、本家である大氏の氏上を尊敬した。

 そして、氏上の先祖を祀って、事ある毎に参拝した。これが「氏神(うじがみ)」と「氏子(うじこ)」という関係の発生した一原因である。そして、この氏族制度が今日の家族制度の基(もとい)をなすのであって、皇室より皇族の御分出があり、更に皇室を総御本家として諸氏族が分かれてきたところに、我が国が一大家族国家を形成しているという所以(ゆえん)がある。

従って、国家の繁栄は国民の繁栄であり、国民の繁栄は国家の繁栄である。国民は、各氏の氏神をまつるとともに、天照大神(あまてらすおおみかみ)をはじめ、天つ神を崇敬し、同時に天皇を現人神(あらひとがみ)と仰ぎ奉った。

しかも、天皇は天つ神の神意を受けて、大八洲国(おおやしまぐに)に降臨せられた皇孫の御後裔であらせられるから、常に天つ神を祭り、その神意を奉体せられるのである。

それは、神武天皇が、御東征の途次、困難に際会される毎に、天照大神の神意に従わせられた事を見てもわかる事である。

天皇が天つ神を祀り、神意の奉体に努めさせられることは、直ちに国民の日常生活の端々にまで及び、「氏神」の信仰が深くなっているのである。

天皇は天つ神を祭られ、その神意を奉体して民を治められる。即ち「政事(まつりごと)」は、「祭事(まつりごと)」で、この祭政一致の思想は、我が国固有の政治の特色として、現代にも及んでいるのである。

・・・ 現在の日本では、以上のような「氏族制度」の意味合いを理解している歴史の先生や国語の先生はあまりいらっしゃらないのではないでしょうか。

何気なく用いている「氏名」の「氏」も、歴史を遡れば、各家庭の由来が様々にあるに違いありません。代々紡いできた各家庭の由来を御両親や御祖父母様に尋ねることが、子供さんの学ぶ意欲につながることは間違いありません。

posted by at 19:25  |  塾長ブログ

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