‘ 塾長ブログ ’ カテゴリー

受験の目的は受験後の成長に有り

日本の風物詩の一つとも言える「受験シーズン」到来です。最高学府と言われている大学受験に始まり、難関といわれる高校、中学、小学校とそれぞれ俊秀たらんとする受験生の鬩ぎ合い(せめぎあい:互いに対抗して争うこと)が始まります。

受験はその準備に始まり、試験に合格を目指すのは無論のことですが、結果として御縁があった学校で、大きく成長することが目的です。

これに反して見聞する例は、目標の学校に合格することを目的とする姿勢です。つまり、合格したら全て良し、と考えることです。その価値判断を云々できませんが、合格・不合格の結果如何に拘らず、何よりその後の成長を如何に計るか、が大事です。

受験を経ることで、それまでの成長の度合いが測れますし、一段階段を登った後に、次の目標に向かってどのような道程を辿るべきか、です。

小学校の段階では、低学年、中学年、高学年のそれぞれに親御さんが分かりやすい目標設定をしてあげる必要があります。

中学校の段階では、明確に自立、自律を促す導きが必要です。義務教育課程での学びの意義も理解させる。

高校の段階では、社会人となる自覚と責任を植え付ける必要があります。つまり、何の為に学び、自らを何の為に役立てるのか、を意識させるべきです。

大学は、明確な目的意識を持った者だけが進学すべきところです。漫然と、「でも・しか」とか「モラトリアム」では、大学に進学するべきではありません。

 

「這えば立て、立てば歩めの親御心」とあるように、子供の成長は親の励みです。その成長は早く、あっという間に子供も成人年齢となります。その意味では、親たるものは目の前の子の姿だけではなく、将来の子のあるべき成長した姿を強く意識して、躾に始まり、教え導く必要があります。

 

posted by at 16:54  | 塾長ブログ

読解力を削ぐもの

どうやったら子供さん達の読解力を向上させることが出来るか。

逆説的に考えてみると、読解力を削ぐものを徹底的に無くすことが先決ではないか。

つまり、読解力をつけるプラスのことを積み上げる作業の裏で、読解力を削ぐマイナスのことを放置していると、まるで「賽の河原の石積み(*)」となってしまうからです。

(*)(さいのかわらのいしづみ)無駄な努力の例え。死んだ子供が行く所といわれる冥途(めいど)の三途(さんず)の川の河原。ここで子供は父母の供養のために小石を積み上げて塔を作ろうとするが、絶えず鬼にくずされる。そこへ地蔵菩薩が現れて子供を救うという。(デジタル大辞泉から引用)

読解力を削ぐもの その1 受け身であること(受け身にしてしまうこと)。

幼い頃から、教育はすべて母親が手配することから始まります。各成長段階で、躾から始まり自立させるための時機を得た指導がなされているか、です。お母さん方の、心や時間の余裕があれば叶うことでも、限られた時間の中で、子供が自発的に考え、行動し、発言する機会を母親が待てない事態も生じます。そこで、つい口も手も出してしまいがちです。それが重なり、日常的になると、受け身の、指示待ちな子になってしまいます。

読解力を削ぐもの その2  五感を使わないこと。

五感(皮膚を介して生じる五つの感覚。視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚)を活用することで、理解が高まり、印象づけすることで記憶力も増すことができます。つまり、音読(視覚と聴覚を用いる)や、筆記(視覚と触覚を用いる)、辞書を引いて転記(視覚と触覚を用いる)することがその例です。また、社会の中での見学、行動することで、様々な観察眼や思考力が養われます(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚を活用)。例えば、自然観察。海、川、野原、山などに赴くことで、五感を通して印象づけると、図鑑や映像で学ぶより大きな教育効果があります。また、科学館、図書館、美術館、歴史博物館などは、解説を読み、実物やレプリカを見ることで視覚に訴え、想像力や感性を磨くことが出来ます。これらを生かすか殺すかは大きな差となります。

読解力を削ぐもの その3  労を厭うこと(手間を掛けないこと)。

漢字や熟語などの意味調べが典型です。読書のみならず、教科書の文章を理解するには、様々な言葉をしっかり理解しなければなりません。これを御座成り(おざなり:その場逃れにいい加減する様)にして、適当な理解で読み進めていくと、それが習い性になって、しっかりと理解する癖が付きません。幼児期から、何事も理解するために、手間を惜しまず調べる癖をつけるか否かは、何年も経つと大きな差になってしまいます。

また、素読、音読を正確にすることも同様です。ゆっくりと、正確に、鼻呼吸で、句読点や文節の繋がりを重んじて読むことができるまで、何回でも繰り返す。百点満点の読みができるまで、繰り返させる労を厭わないことが肝要です。

読解力を削ぐもの その4 心が落ち着かないこと。

子供の教育には、しっかり睡眠をとることが何より大事です。熟睡できる環境作りは、何より母親の務めです。一日中、テレビがついていたり、夜更かしをする暮らしでは、子供の心身の成長には大きな妨げとなります。当然、しっかりした読解力を形成するには、「動から静へ」と転換する「間(ま)」が必要です。心身が整ってはじめて、読解力養成の機会が訪れます。必要であれば、例え10分でも横になったり、正座で心を落ち着けたりしなければなりません。

読解力を削ぐもの その5 整理整頓していないこと。

何事も、事を始めるには、その準備が万全でなければなりません。其の為には、常に机まわりの整理、必要な辞書や筆記具を手元に常備しておく事です。

・・・このように考えると、すべきことの前に、してはならない事が多々ある事に気付きます。マイナスをゼロにすることから始まり、プラスを積み上げていく。

読解力をつけることは、人として必要不可欠なことです。最近では、企業の中間管理職が、メールや仕様書の誤読による予期しないトラブルに遭遇し、読解力がない社員に手を焼いているとも言われています。「事実について書かれた短文」を正確に読むことができるかどうかで、人生が左右されることがあるのが現実です。

幼児期からしっかりした読解力をつける努力を怠ることがないように切に願います。

 

posted by at 15:27  | 塾長ブログ, 国語力ブログ

読解力を削ぐもの 1

どうやったら子供さん達の読解力を向上させることが出来るか。

逆説的に考えてみると、読解力を削ぐものを徹底的に無くすことが先決ではないか。

つまり、読解力をつけるプラスのことを積み上げる作業の裏で、読解力を削ぐマイナスのことを放置していると、まるで「賽の河原の石積み(*)」となってしまうからです。

(*)(さいのかわらのいしづみ)無駄な努力の例え。死んだ子供が行く所といわれる冥途(めいど)の三途(さんず)の川の河原。ここで子供は父母の供養のために小石を積み上げて塔を作ろうとするが、絶えず鬼にくずされる。そこへ地蔵菩薩が現れて子供を救うという。(デジタル大辞泉から引用)

読解力を削ぐもの その1 受け身であること(受け身にしてしまうこと)。

幼い頃から、教育はすべて母親が手配することから始まります。各成長段階で、躾から始まり自立させるための時機を得た指導がなされているか、です。お母さん方の、心や時間の余裕があれば叶うことでも、限られた時間の中で、子供が自発的に考え、行動し、発言する機会を母親が待てない事態も生じます。そこで、つい口も手も出してしまいがちです。それが重なり、日常的になると、受け身の、指示待ちな子になってしまいます。

読解力を削ぐもの その2  五感を使わないこと。

五感(皮膚を介して生じる五つの感覚。視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚)を活用することで、理解が高まり、印象づけすることで記憶力も増すことができます。つまり、音読(視覚と聴覚を用いる)や、筆記(視覚と触覚を用いる)、辞書を引いて転記(視覚と触覚を用いる)することがその例です。また、社会の中での見学、行動することで、様々な観察眼や思考力が養われます(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚を活用)。例えば、自然観察。海、川、野原、山などに赴くことで、五感を通して印象づけると、図鑑や映像で学ぶより大きな教育効果があります。また、科学館、図書館、美術館、歴史博物館などは、解説を読み、実物やレプリカを見ることで視覚に訴え、想像力や感性を磨くことが出来ます。これらを生かすか殺すかは大きな差となります。

読解力を削ぐもの その3  労を厭うこと(手間を掛けないこと)。

漢字や熟語などの意味調べが典型です。読書のみならず、教科書の文章を理解するには、様々な言葉をしっかり理解しなければなりません。これを御座成り(おざなり:その場逃れにいい加減する様)にして、適当な理解で読み進めていくと、それが習い性になって、しっかりと理解する癖が付きません。幼児期から、何事も理解するために、手間を惜しまず調べる癖をつけるか否かは、何年も経つと大きな差になってしまいます。

また、素読、音読を正確にすることも同様です。ゆっくりと、正確に、鼻呼吸で、句読点や文節の繋がりを重んじて読むことができるまで、何回でも繰り返す。百点満点の読みができるまで、繰り返させる労を厭わないことが肝要です。

読解力を削ぐもの その4 心が落ち着かないこと。

子供の教育には、しっかり睡眠をとることが何より大事です。熟睡できる環境作りは、何より母親の務めです。一日中、テレビがついていたり、夜更かしをする暮らしでは、子供の心身の成長には大きな妨げとなります。当然、しっかりした読解力を形成するには、「動から静へ」と転換する「間(ま)」が必要です。心身が整ってはじめて、読解力養成の機会が訪れます。必要であれば、例え10分でも横になったり、正座で心を落ち着けたりしなければなりません。

読解力を削ぐもの その5 整理整頓していないこと。

何事も、事を始めるには、その準備が万全でなければなりません。其の為には、常に机まわりの整理、必要な辞書や筆記具を手元に常備しておく事です。

・・・このように考えると、すべきことの前に、してはならない事が多々ある事に気付きます。マイナスをゼロにすることから始まり、プラスを積み上げていく。

読解力をつけることは、人として必要不可欠なことです。最近では、企業の中間管理職が、メールや仕様書の誤読による予期しないトラブルに遭遇し、読解力がない社員に手を焼いているとも言われています。「事実について書かれた短文」を正確に読むことができるかどうかで、人生が左右されることがあるのが現実です。

幼児期からしっかりした読解力をつける努力を怠ることがないように切に願います。

 

posted by at 15:27  | 塾長ブログ, 国語力ブログ

向上心を持つ

羅針塾 学習塾・幼児教室では、塾生には「向上心」を持つ人となるように意識付けをしていきたい。その為には、幼児期からの倫理観、日々の学び、忍耐力の醸成が不可欠ではないかと考えています。

一定の学びを日々繰り返すには、飽きずに行うための動機付けが必要です。何の為に学ぶのか、は親御さんの言葉一つで決まります。

「向上心」とは、「現在の状態に満足せず、よりすぐれたもの、より高いものを目ざして努力する心」(大辞泉)、とあります。基本的には、人である以上全ての人が持っていて然るべきものですが、十人十色というように、向上心の有る無し、向上心の濃淡は有ります。

向上心の高い人は、

1、目標がある。

2、素直である。

3、前向きである。

4、忍耐力がある。

5、観察・洞察力がある。

6、失敗を恐れない、挑戦する気概がある。

等々、「七転び八起き」の精神で取り組みます。

片や、向上心が低い人は、

1、明確な目標がない。

2、素直ではない。

3、出来ない(しない)理由が先立つ(後ろ向き)。

4、飽き性、継続できない。

5、好奇心が無く、無関心である。

6、失敗を怖がる。

等、ではないでしょうか。

小学校受験に始まり様々な試験の中で、面接試験がある場合、短時間で「向上心」のあることを示すことができるかが、合否の鍵となります。

posted by at 14:30  | 塾長ブログ

学校の宿題の本当の目的

羅針塾 学習塾・幼児教室では、塾生の学校の宿題は、基本的に必ず済ませることから学びが始まります。塾生の学習の基本は学校の授業です。それを抜きにして、どんなに先取り学習をしても、足が地につかない学びになってしまいます。塾生には、何よりも先ず先生の目をしっかり見ながら、良くお話を聞くように指導します。その基本が出来ている塾生は優秀です。

基本を疎かにする人は、応用が効かないのは自明です。

宿題について参考になる記事がありましたので引用してご紹介します。

みんなが忘れている「学校の宿題」の本当の目的

https://president.jp/articles/-/29905

中学棋士だった藤井聡太七段は、かつて「授業をきちんと聞いているのに、なぜ宿題をやる必要があるのですか?」と発言した。麹町中学校の工藤勇一校長は「宿題の目的は『こなすこと』ではない。わからないものを理解するのが本当の目的だ」という――

(中略)

宿題の提出が成績に直結するのもまた事実です。

なぜ宿題がなくならないか。それは、大半の学校では子どもを評価する手段として宿題が重宝がられているからです。その背景には国の制度上の問題があります。

宿題が、出す側の問題である面も指摘しておかなければなりません。ご存じの方も多いと思いますが、公立校の成績のつけ方は相対評価から絶対評価に変わりました。相対評価の時代は「1」のつく子どもはクラスの7%、「2」が24%、「3」が38%、「4」が24%、「5」が7%と配分が明確に決まっていました。40人学級なら「5」がもらえる生徒は40×7%=2.8人なので2人だけ。つまり「5」がついたらクラスで2番以内で、昔の「オール5」とはまさに神童レベルでした。

しかし、その仕組みでは、クラス全体のレベルが高いと、勉強はできるのに相対的に評価が低くなる。そこで評価が、「絶対評価」に変わりました。ここまでは理にかなっています。しかし今度は、どのレベルを超えたら「5」を出すのか、といった判断基準が必要になります。この基準設定がとても難しいのです。

「絶対評価」になって宿題は急増した

ちなみに文科省の推奨する絶対評価の基準は以下の4項目が25%ずつの配分になっています(一部の教科は5項目)。

1 関心・意欲・態度
2 思考・判断・表現
3 技能
4 知識・理解

2~4はペーパーテストで測れます。しかし、1「関心・意欲・態度」の項目が先生にとっての曲者。一斉授業型のスタイルでは差が見えづらいのです。そのため、「関心・意欲・態度」を「宿題をやってくるかどうか」で判断する先生が急増しました。

極端な話、宿題の中身は関係なし、提出したかどうかだけを見る教員もいます。その場合も二通りいて、勉強が苦手な子に対して、宿題の提出を評価してあげたい善意タイプの先生もいますし、そもそも忙しすぎて中身まで見ていられない先生もいます。

いずれにせよ、公立学校の宿題は、文科省が評価制度を絶対評価に切り替える通達を出してから一気に増えました。すべての教科の先生が同じように悩むので、すべての教科で宿題が増えたのです。

・・・公立学校の宿題事情や背景が理解できるお話です。しかし、私立学校も似たような状況にあるのではないか、と思います。筆者の立場からすると、塾生が学校から与えられた宿題の質と量は、先生方の意図や力量を判断する物差しのようなものです。

子供達に家庭学習を自律的にするよう促す宿題ならば、自然に取り組むことができるのでしょうが。授業内容と宿題の内容がうまく連動していると学習意欲も湧く筈です。

posted by at 19:53  | 塾長ブログ
さらに記事を表示する

月別アーカイブ

長崎|羅針塾学習塾トップページ

羅針塾 SNS

  • Facebook
  • Instagram
  • Twitter
PAGE TOP

新着ブログ

  1. 長崎市江戸町にある難関大学・医学部を目指す幼児教室 学習塾羅針塾です…
  2. 長崎市江戸町にある難関大学・医学部を目指す幼児教室 学習塾羅針塾です…
  3. 長崎市江戸町にある難関大学・医学部を目指す幼児教室 学習塾羅針塾です…
  4. 長崎市江戸町にある難関大学・医学部を目指す幼児教室 学習塾羅針塾です…
  5. 長崎市江戸町にある難関大学・医学部を目指す幼児教室 学習塾羅針塾です…

月別アーカイブ

羅針塾 SNS

  • Facebook
  • Instagram
  • Twitter