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早大の政経学部入試で「数学」必須へ

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp は、塾生の関心や理解度に応じて、年齢如何に関わらず様々な問いかけをしています。その応えにはそれぞれ個性が表れていて、思わず笑みが零れることも多々有ります。幼くても論理的な話をする塾生には驚きとともに、可能性の高さを感じます。

小暑の空

 

さて、以下の記事が目に付き、やっとそういうご時世になって来たのかなと興味深く思いましたので、サイエンスライターの竹内薫氏のブログから引用してご紹介します。

早大の政経学部入試で「数学」必須へ。加速する世界の「数学化」https://www.mag2.com/p/news/363603?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000125_tue&utm_campaign=mag_9999_0710&l=yxt059d94b

 

私立大学の最難関・早稲田大学政治経済学部の入試で、数学が必須化されることが大きな話題となっています。「文系の雄」ともいわれる同学部入試に数学を課す意味はどこにあるのでしょうか。(中略)

VISION:なぜ早大は政経学部の入試で「数学」を必須にするのか?

ここのところ、2020年度からの大学入試「改革」に関するニュースが目白押しだ。いったいなぜ、大学入試改革は進められているのか? 早稲田大学の政経学部といえば、日本社会に有能な人材を輩出し続けてきた「文系」の名門だが、なぜこのタイミングで数学を必須にしたのだろう?

答えは明白だ。「そうしないと世界との競争に負けてしまうから」である。改革の旗振り役の文科省だけでなく、各大学とも、実は背水の陣で戦いに臨んでいるのだ。

その戦いの場は、もちろん、急激に進行しつつある第四次産業革命である。イギリスでは2014年にプログラミングの義務教育化(5歳~16歳)が断行された。アメリカのGoogleはたった一社で、世界の人工知能(AI)研究者・開発者の約1割を雇用していると言われる。仮想通貨が「億り人」と呼ばれる億万長者を生み、世界中の中央銀行に戦いを挑んでいる。

AIも仮想通貨も、すべてはプログラミングの世界の出来事だ。そして、そのプログラミングを根底で支えているのは、当然のことながら数学」なのである。

つまり、早稲田大学の政経学部が入試で数学を必須にした背景には、「これからの世界では、プログラミングと数学の技能に秀でていない限り社会の舵取りなど不可能だ」という、第四次産業革命の厳しい宿命があるわけだ。

早稲田大学の政経学部が社会に送り出すべきは、革命期の世界において、日本の舵取りをする優秀な人材であろう。人間の仕事の半分をAIが代替するような世界において、国や企業が進路を誤らないためには、ワードやエクセルが使える程度のコンピュータ・リテラシーでは全然足りない。AIを怖がらず自らの外部脳として使いこなせるだけの能力が必須なのだ。

このような観点からは、須賀晃一学部長の「基礎的な力と同時に、論理的思考力を身につけた学生に来てもらいたい」という発言は少々気になるところだ。いま日本では、主に「文系ビジネスマン」の間で、ロンリ、ロンリという言葉が独り歩きをしているが、正直言って、教科書を一冊読んだくらいで身につく程度の論理力では、第四次産業革命後の世界ではほとんど役に立たない。

真の論理力はプログラミング技能で試されるといっても過言ではない。論理的に完璧でなければプログラムは動かない代物だからだ。プログラムのバグが取り切れないうちは論理力などないに等しいと思った方がよい。

第一次産業革命後、第二次・第三次産業革命で世界の後塵を拝し、「英国病」などと揶揄されたイギリスで、すでに始まっているプログラミングの義務教育が何を意味するのか、あるいはアメリカのMITが開発した幼児用のプログラミング言語スクラッチジュニアがどう世界を変えるのか。大きく出遅れてしまった日本はこれから必死で巻き返しを図らない限り世界の二流国への転落は必至だ。

もう一つ心配なのは、

『共通テストの外国語、国語、「数学1・数学A」を必須とし、さらに地理歴史、公民、理科、「数学2・数学B」の中から一つを選ぶ。このほか、英語民間試験と学部独自に行う日本語や英語の長文読解で受験生を選抜する。』

という選抜方法だ。これらの技能は、150年前の明治維新において、プロシアから輸入した「暗記型スキル」の試験であり、残念ながらAIが最も得意とする分野なのである。

世界の一流大学では、もはや、このような旧態依然とした選抜体制は取っていない。たしかにペーパーテストはあるが、アドミッション・オフィスは、自分の大学の卒業生たちの助けを借りて、探究心のある自律型の学生を徹底的に面接し、「創造的で多様な人材」を確保することに力を注いでいる。ペーパーテストだけでは、「暗記力に頼る均一な人材」を優先的に選抜することになってしまい、AI時代にそぐわないからだ。

少々、辛口に過ぎたかもしれないが、今回の入試改革は、「初めの一歩」だと考えれば、政経学部で数学を必須にしたこと自体は、大いに評価できる。実際、最新の経済学の教科書には、これまで物理学科でしか教わることのなかった「ラグランジアンという関数が登場している御時世なのだ(ラグランジアンは経済学では、費用を意味する)。

もはや、文系・理系という区分は無意味だ。世界はひたすら数学化(情報科、プログラミング化)されてゆく。誰もこの怒濤の流れから逃れることはできない。

 

「いま日本では、主に「文系ビジネスマン」の間で、ロンリ、ロンリという言葉が独り歩きをしているが、正直言って、教科書を一冊読んだくらいで身につく程度の論理力では、第四次産業革命後の世界ではほとんど役に立たない。

真の論理力はプログラミング技能で試されるといっても過言ではない。論理的に完璧でなければプログラムは動かない代物だからだ。プログラムのバグが取り切れないうちは論理力などないに等しいと思った方がよい。」

・・・なんと明確な指摘でしょうか。巷では、『論理的思考力』は logical thinking(ロジカル シンキング)の訳語として様々取り上げられる言葉です。曰く、「論理に基づいて思考する能力(の高さ)という意味で用いられる表現。道理や筋道に則って思考を巡らせて結論を導いたり、あるいは複雑な事柄を分かりやすく説明できる能力」として主に捉えられています。

この力は、一朝一夕に身につくものでは有りません。幼いときから、親や周りの大人達との日々の生活の会話の中で、自然と身につけていくものです。当然、親は意識してそのような環境を作るべく腐心する必要があります。

posted by at 08:04  | 塾長ブログ

国立長崎大学附属校は? 「国立大付属校の入試」の入学抽選化を提言 

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp は、「国立大付属校」の入学抽選化文科省の有識者会議が提言したことを興味深く注視しています。

この提言は、平成29年(2017)8月29日に文部科学省の有識者会議が、国立大学の付属校が「エリート化」し、本来の役割を十分に果たせていないとして、学力テストではなく抽選で選ぶことなどを求める報告書をまとめたものです。学習能力や家庭環境などが違う多様な子どもを受け入れ、付属校での研究成果を教育政策に活かし易くすることが目的で、2021年度末までに結論を出すよう各大学に求めています。

・・・国立大学付属校の本来の役割は、教員養成のため教育実習を実施し、実験的な学校教育を行うなど教育研究をサポートすることです。しかし、有識者会議では、一部の学校がエリート校化してしまい、教育課題への取り組みが不十分だというのです。これは、関東圏や関西圏、教育熱の高い地域の国立大付属のエリート校にその傾向が強いことを指します。

現在国立大付属校は、全国で256校あり(幼稚園49、小学校70校、中学校71校、高校15校など)約9万人が通っています。そのうちエリート校と称される学校では、学力の高い児童生徒が集まるため、多種多様な子どもたちにどんな教育が効果的かというような研究ができないという批判がこれまでもありました。
特に最近では、発達障害や外国人の子どもへの教育支援のニーズが高まっていて、国立大付属校には「本来の役割を果たしてほしい」との声もあるのは事実です。

これに対して、

● 選考方法に抽選を導入すると、国立エリート校の学力低下の恐れがあること

● 経済格差が学力の格差になる恐れがあること  といった反対意見もあります。

更に、

文部科学省の有識者会議に対し、RIETI(独立行政法人経済産業研究所、英語名称:The Research Institute of Economy, Trade and Industry)https://www.rieti.go.jp/jp/に、真っ向反対意見を論じている記事を見つけました。

山口一男客員研究員・シカゴ大学ラルフ・ルイス記念特別社会学教授の興味深く参考になるご意見です。

「失敗の歴史から学ばない教育政策―国立大学付属校の抽選入学制度について」

https://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0483.html(全文を引用致します)

 文部科学省の有識者会議が、国立大学付属校の入学についてテストでなく、抽選で選ぶなど入学における「学力偏重」を是正せよとの報告書をまとめた。国立大学付属校が「エリート化」し「本来の役割」を果たせないことが問題だという。単直に言って愚策である。後述する「学校群制度」や「ゆとり教育制度」の二の舞になることは火を見るより明らかだ。つまり、この政策により教育機会の不平等が増す。その理由を、中等教育(中学・高校)を例にとって説明しよう。説明には幾つかの、実際に成り立つ、以下の仮定をする。

教育機会の不平等を増加させる政策のメカニズム

仮定1:比較的安価で、家族の収入によらない基準で手に入れることが可能な質の高い公教育が存在する。

仮定2:質の高い教育の前提として、質の良い「サービス利用者(学習能力の高い生徒)」の存在が一因として存在する。

この仮定は平均的に学習能力の高い生徒だからこそ、高度な内容の教育が提供でき、また成功する傾向を意味する。教育の「コンテクスト効果」と呼び、これは実証されている。

仮定3:しかし、為政者はこの「公的サービス(公教育)」の利用者や、その内容に「学力偏重」があることを嫌い、政策介入を加えて、その「偏り」を除こうとする。

仮定4:学力を重視する大多数の旧制度の潜在的利用希望者は、政策介入後の新制度を嫌い、代替えの選択をしたり、他の制度の利用で補完したりしようとする。しかし、質的に同等な教育は、旧制度と同等に低い価格では得られない。

この仮定はそれまでの優れた公教育の同等な代替は、優れた私立校や、質の良い学習塾でしか補うことができないため、経費が高くなることを意味する。これらを仮定すると以下の結果が得られる。

結果1:政策介入後の利用者(入学生徒)の平均的学習能力が下がり、もはやコンテクスト効果は期待できないので、新制度は以前のような質の高い教育は提供できなくなる。

結果2:旧制度の潜在的利用者のうち、経済的に裕福な家庭の子女は、より高い対価を払って、同等な質の教育を受けられるが、裕福でない家庭の子女は、同等な質の教育が得られず、貧富による教育の機会の不平等が生まれる。

結果3:比較的裕福な家庭が、教育により高い価格を支払うようになるので、教育費が平均的に高くなる。

同様の失敗を招いた過去の例

具体例として、1967〜1981年に東京都が施行した学校群制度がある。制度導入以前は、日比谷、戸山、西、新宿などの都立高校が東大進学者数のトップを占めていたが、学校群導入後のこれらの都立高校の東大進学者数は一桁代に陥落し、一方開成、麻布、灘などの有名私立高校の東大進学率が躍進した。比較的裕福で学力の高い子どもを持つ家庭が都立高校を見放し、有名私立高校に鞍替えたからである。これは質の高い教育を得ることが家庭の経済状態により依存することを意味し、その結果東大進学者の親の所得が増大し、以前に比べ貧しい家庭の出で東大に進学する学生の割合が減る結果となった。「エリート都立高校」を無くそうとする政策は皮肉にも家庭環境によるエリート教育の機会の不平等を増大させたのである。後に都は学校群政策の失敗を認め廃止したが、もはや覆水盆に返らずであった。

1980〜2000年代の公立の初等・中等教育における「ゆとり教育」も同様な結果をもたらした。「知識の詰め込み」に反対し、「生きる力をつける」などと喧伝された教育であるが、平均的に求める学力のレベルを下げたため、学力低下を招いた。当然子どもの学力向上に関心のある親の多くが「ゆとり教育」に不安を持ち、学習塾の利用が増し私立中学への進学率も増大した。またその結果教育費用は高騰し、貧富の差による質の高い教育機会の不平等を生み出したのである。苅谷剛彦東大教授(当時)によると、「ゆとり教育」導入後の学習塾を含む、学校内外の学習時間は中産階級の子女では以前と変わらなかったが、労働者階級の子女では低下し、社会階層による学習への「意欲格差」をも生み出した。

進化ゲーム理論によると、人々が努力をするか否かは社会でその努力が報われる度合いに依存する。進学塾や有名私立の中高一貫校に通わないと、比較的安価な国立・公立大学に進学できないのでは、労働者階級の子女にとって努力が報われる可能性は大幅に減ってしまう。こうして、「生きる力」をつけるはずのゆとり教育は、貧富による教育機会の格差を増大させ、労働者階級の子女に対し努力が報われる機会を減らし、学習意欲という生きる力を奪う結果となった。

今回提案の国立大学付属校の抽選入学制度は、同様な結果をもたらすだろう。国立大学付属校は、優れた進学校ではなくなり、中産階級の子女は優れた私立校に行き、そうでない子女は相対的に教育の質の劣る公立校に進むことになるだろう。一例だが筑波大付属や、筑波大付属駒場などは、戦後の人材輩出度において卓越している。地方国立大付属校にも同様なことがその地方において言えるものは少なくない。これらの付属校の卒業生の一部は家庭環境でもエリートの出であろうが、そうでない者の方が当然多い。これらの付属校の質を変えて、非エリートの家庭から同じように優れた人材を社会に輩出できる保証は全くない。

人材輩出の機能を失わずに本来の目的も叶えよ

また国立大学付属校の「本来の目的」は、多様な背景を持つ生徒への実験的教育による教育方法の研究にあるというのが今回の施策提案の理由だが、優れた教育方法は学習能力と独立ではない。たとえば新しいアイデアを生み出すのに必要とされる「批判的思考」の育成は比較的能力の高い生徒にのみ有効であることが知られている。抽選にすれば、平均的能力を持つ生徒への教育法の研究法には資するだろうが、学習能力の高い生徒に対する優れた教育方法の研究には資さない。ゆえに「本来の目的」でも現行制度の選抜方法を維持しなければできないこともある。また優れた人材の輩出のためには、多様な潜在的才能を伸ばす「英才教育」の研究は極めて重要である。国立大学付属校が家庭環境の上で「エリート化」しているのであれば、入学試験だけではなく、公立中学の成績評価の入学への比重を増やすなどして、家庭環境でハンディキャップを負う優秀な生徒がより入学しやすい仕組みで補完すればよい。

政策は意図せざる結果を生む可能性を常に考慮しなければならない。今回の報告書の提案は、日本が未だ学校群制度やゆとり教育制度の、意図せざる失敗の原因について、何も学んでこなかったことを示唆する。国費での「エリート教育」に反対するというのは偽善である。それならば、いっそのこと東大・京大などのエリート国立大も抽選で入学者を決める制度にして見ればよい。東大・京大卒の市場価値は失われ、学費の高い慶応・早稲田などの有名私立大学のみがエリート大学となり、私立大学の卒業生が経済社会的に高い地位を独占し、高い学費を払えない貧しい家庭の子女は地位達成の夢など見ることはできない社会となるだろう。

 

・・・大きく首肯したい意見です。この意見が、文部科学省の教育行政の過ちを強く糾弾しています。一つの悪き例として(筆者の考えでは)、国・公立大学の授業料の高額化です。

国立・私立大学授業料の推移(引用‥http://president.jp/articles/-/22490

見にくいのですが、上記グラフは「国立・私立大学授業料の推移」を表したものです。グラフ一番左下隅の昭和46年(1971)当時、国立大学の入学金・授業料は、各1万円、年額12,000(月額1,000)円でした。余りに安いということで、翌年3倍増されましたが、それでも入学金・授業料は、各3万円、年額36,000(月額3,000円)。

その後、国立大学の授業料はどんどん高くなり、1990年の33万9600円から53万5800円へと約6割も上昇。「国立大学に入学してくれれば何とかなる」という親の期待は通用しない時代になってしまいました。勉学することで、未来を切り開き「世の為、人の為」に活躍を期す、若者の志を砕くような授業料の高騰は、明らかに文部行政の大失策だと考えます。大学の無償化ではなく、国・公立大学の授業料の低廉化を至急実施すべきと思うのは筆者だけでしょうか。

posted by at 02:42  | 塾長ブログ

負ける悔しさと失敗を恐れない勇気

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp は、台風7号の影響で塾はお休みです。その結果、たまたまとは言えWorld Cup 2018 Russia のサッカー日本対ベルギー戦を深夜から観戦。2対3と健闘虚しく敗戦しましたが、日本代表の頑張りには感銘を受けました。

ベルギーに敗れ、肩を落とす日本イレブン=ロストフナドヌー(AP) 

 

サッカーだけでなくあらゆる勝負事には、勝ち負けが有ります。無論、受験も然り。不断の努力を重ね、大一番で実力を発揮するには、そこに至るまでの前哨戦を勝ち抜かねばなりません。4年に一度のオリンピックやサッカーWorld Cupは、本番に至るまで4年もの月日が有ります。

受験も幼稚園・小学校・中学校・高校・大学と、何年かずつ準備期間があります。目標を定め、計画を立て、準備にかかり、いくつかの模擬試験を経るところは、スポーツの予選・地方大会から始まり、本戦・全国大会へと進むのと似ています。

両方の分野に共通なのは、自らの弱点を知り対策を立てるには、様々な失敗も必要なことです。力をつけるには、日々の鍛錬をしなければなりません。それは単調で苦しい基礎訓練から始まります。何十回も何百回も基本動作の繰り返しであったり、本番を想定した実戦形式の練習であったり、学習もスポーツも同様です。

努力を重ねた成果を確認するのが、模擬試験や対抗試合です。与し易い試験や対戦相手では、力が付きません。少なくとも力が拮抗しているか、相手の実力が上の方が、自らの欠点を抽出出来ます。そうなると、負けが込むのは、試験もスポーツも同じです。

そのときに、どれほど「負ける悔しさ」を心に刻みつけるかで、次の試験や対戦への準備・心算に身が入るか否かが決まります。この繰り返しが、人を成長させます。

そして、その努力を基礎に次のレベルへ挑むことになります。当然難しい試験や強い相手との闘いは、失敗の連続ということもありますが、失敗を恐れていては、前に進むことはできません。勇気を持って挑戦するというのは、誰にとっても大事なことです。

大一番に向けて、日々の努力を重ねていくには、それに適した指導者の存在もあります。日々の指導や時宜を得た助言は、受験生や競技者に大きな影響を与えます。何事も、人の協力を得られる「素直さ」を持つ人は良き指導者にも恵まれます。

 

 

posted by at 19:05  | 塾長ブログ

長崎県立高校 入試説明会の所感

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp は、塾生の将来に役立つ情報を常に摂取しています。

長崎市の公立・私立高校の入試説明会が始まる時季となり、例年各校の成果や実績を聞かせて頂くのを楽しみにしております。時代の要請もあるのでしょうが、広く高校の理念や建学の精神を伝えようとされています。進学を考える児童・生徒には自らを磨くにはどの高校が適しているかを、見極める必要があります。

まだ数ある説明会の一部にしか行っておりませんが、各校の訴えるところを筆者なりに分析しています。それぞれ特色を打ち出されていますが、総花的に伝える学校や、要点を絞って訴える学校等、校長先生などトップの考え方が反映されています。

夏至の長崎港

 

各高校の校内を歩いているときに、玄関周り、廊下、便所・洗面所、掲示物、事務室、職員室などの様子や、場合によっては授業を受けている教室の生徒さんの様子、先生の指導、板書、教育機器、備品なども垣間見ることがあります。

それらを拝見していると、企業訪問ではありませんが、学校の実態を想像できます。企業同様、学校も建物の新旧を問わず、整理整頓され、掃除が行き届き、備品も適切に配置されているか、観点は様々にあります。

それらの感触を掴んでから、説明会に臨みます。

そして、校長先生はじめそれぞれのご担当の先生方のお話を真摯にお聞きして、必要なら質問も致します。何故なら、塾生をお願いしたいと思える学校を峻別したいからです。

一般論として述べれば、

高校生の年齢は、古来日本で行われていた「元服(奈良時代以降、男子が成人になったことを示す儀式。普通、11~16歳の間に行われた)」に準えれれば、ほぼ同年齢です。平均寿命が現在よりはるかに短い時代においてさえ、若者を自立させるのに適した年齢を見極めていたからこそ、11~16歳の間に元服させていたのです。この年齢は、現在で言うところの、小学校六年生から高校一年生。

日本人の歴史から鑑みれば、今ほど若者を自立させていない時代はないのではないでしょうか。つまり、驚くことに某高校の説明会で、「子供達(生徒と言わず)の自学する習慣が段々と付いてきた」と明言されたことです。16歳といえば、武士の子ならば、初陣をすませるか否かのときです。その同じ年齢で、やっと自学する癖がついたというのは情けない話です。

これは、現在の世の中が、子供達に辛抱して努力することの大事さを教えてこなかったツケが回っているということになります。「艱難汝を玉にす」という諺や「辛抱」という言葉の意味を、大人達(親、先生などの指導的立場の人達)が語っているのでしょうか。

ずばり、直言すると、世の中(特に教育界)が寄ってたかって、子供達を甘やかせています。英語のspoil(スポイル)とは、「本来持っている良い性質を損なうこと。物事をすっかり台無しにすること。甘やかして駄目にすること。」と有ります。

学習する習慣づけと称して、中学や高校生に書き込み式のスケジュール表を書かせ、毎日何時間学習したかを申告させ、空欄書き込み式のプリント中心の授業をし、山のような宿題を出し、毎週のように模擬試験をする、等々。

本人に考えさせる遑(いとま:余裕)や自ら学習計画を立て、実践し、失敗する機会を与えないようなものを「教育」というのでしょうか。

自ら考えて計画し、実践し、検証して、次に活かす。所謂、PDC-cycle(Plan-Do-Check)を自ら率先して日々行えるように児童・生徒に動機付けするのが、先生の必要不可欠な役割と考えるのは、筆者だけでしょうか。

posted by at 14:37  | 塾長ブログ

何故学ぶのか 勤學 塙保己一

長崎市五島町にある羅針塾 学習塾・幼児教室 https://rashinjyuku.com/wp は、情報が溢れる現代だからこそ、限られたものの中から精選して学ぶ価値のあるものを熟読玩味する必要があると考えます。

先のブログでご紹介した「幼學綱要(ようがくこうよう)」卷之三 勤學第六 には、勤學についての数多くの古人聖賢の逸話が紹介されています。そのうちの一つをご紹介します。

塙保己一 源氏物語を講す

 

塙保己一(ハナワホキイチ)ハ、武蔵(ムサシ)ノ國兒玉郡保木野(ホキノ)村ノ人ナリ。幼時病テ明ヲ失フ。年十五ニシテ江戸ニ出ズ。雨富某ノ家ニ寄リ。絃歌鍼治ヲ學ブ。成ラズ獨古書ヲ好ミ。一書ヲ得レバ。則人ニ請テ之ヲ讀マシメ。一事ヲ聞ケバ。則人ニ請テ之ヲ校セシム。聞ケバ輒誦ヲ成シ。心耳ト謀リ。遂ニ文字ニ通ズ。萩原。川島。山岡ノ諸人ニ從テ。漢籍ヲ受ケ。皇朝ノ學ヲ修メ。傍ラ律令ヲ學ブ。年二十四。賀茂真淵ノ門ニ入リ。益皇朝ノ學ヲ勤ム。凡ソ皇朝ノ歴史。律令格式ヨリ。歌書物語及ビ漢籍ニ至ルマデ。渉猟シテ暗記セザルコト無シ。遂ニ和學講談所ヲ設ケテ教授ス。門徒頗ル盛ナリ。壯歲ヨリ。群書類従編輯ノ業ヲ起シ。四十五年ヲ閲シテ。千二百七十部六百七十卷ヲ刻ス。續編千八百部。又繼デ成ル。共ニ三千七十部ナリ。保己一。嘗テ源氏物語ヲ某氏ニ講ズ。日暮テ風燈ヲ滅ス。坐人暫ク講ヲ輟メムコトヲ請フ。保己一曰ク。何ノ故ゾ。曰ク。風燈ヲ滅ス。當サニ之ヲ點ズベシ。保己一笑イテ曰ク。目アルノ人。誠ニ事ニ便ナラズト。

「塙保己一は、武蔵国兒玉郡保木野(ホキノ)村の人である。幼い時に病により失明する。齢十五歳で江戸に出る。雨富某(ぼう:意図的に名を示さない)の家に寄宿する。絃歌(琵琶・箏・三味線など弦楽器を弾きながら歌う歌)鍼治(鍼を用いて治療する術)を學ぶ。(しかし)成就せず、独り古書(昔の書物)を好む。一つの書を手に入れれば、即座に人に請うてこの書を読んで貰う。あることを聞けば、即座に人に請うてこれを校(比べあわせて正すこと、調べること)させる。聞けば、直ぐに(ただちに)、謡いだす。心耳(心で聴くこと)を謀る(努力する)ことにより、遂に文字に通暁(つうぎょう:隅々まで知ること)する。萩原、川島、山岡の諸人(多くの人、様々な人)に従い、漢籍(支那の書籍)を學び、皇朝(皇国の朝廷)の學問を修める。その傍ら、律令(律は刑法、令は行政法、訴訟法などにあたる)を學ぶ。齢二十四歳のとき、賀茂真淵の門に入り、益々、皇朝の學問に勤む(いそしむ:努めること)。凡そ(そもそも)皇朝の歴史、律令格式、歌書(和歌についての書物。歌集や歌学書・歌論書)・物語(日本の古典文学で「竹取物語」「伊勢物語」にはじまり、「宇津保物語」「源氏物語」を頂点とし、鎌倉時代の擬古物語に至る物語を指す。)及び、漢籍に至るまで、渉猟(たくさんの書物を漁り読むこと)して暗記しないことはなかった。そしてついに、和學講談所を設立して教授することになる。その門弟は非常に多かった。壮年(働き盛りの年齢)より、群書類従の編輯(一定の方針のもと文献などを集めてまとめること)の作業を始め、四十五年間閲(けみ:校正の目的で調べること)して、二百七十部六百七十卷を刻(版木を製作)する。続編千八百部もまた続いて成す。併せて三千七十部である。

塙保己一がかって源氏物語を某氏(ある人)に講義をした。日が暮れて、風で灯火が消えてしまった。その場の受講者が暫く講義を止めてほしいと要請した。保己一が曰く、何の理由で講義を止めるのだ、と。曰く、風で灯火が消えたので、火を点ずるのです、と。保己一笑って曰く、目が視える人は、かえって必要なときに不便なものですね、と。」

絹本著色塙保己一像(住吉広定(弘貫)筆、個人蔵、福島県指定重要文化財) ウキペディアより。

塙保己一(はなわほきいち)(1746―1822) 

江戸後期の国学者。延享(えんきょう)3年5月5日生まれ。武蔵(むさし)国児玉(こだま)郡保木野(ほきの)村(埼玉県本庄(ほんじょう)市児玉町)の百姓荻野宇兵衛(おぎのうへえ)の長男。幼名寅之助(とらのすけ)。7歳、病により失明、辰之助(たつのすけ)と改称。15歳、江戸に出、雨富検校須賀一(あめとみけんぎょうすがいち)に入門、千弥と改名。翌年、須賀一の勧めで、歌学を萩原宗固(はぎわらそうこ)に、神道を川島貴林(たかしげ)に学ぶ。のち故実を山岡浚明(まつあけ)に、医学を東禅寺の孝首座(こうしゅそ)に学ぶ。18歳、保木野一と改名。24歳、宗固の勧めで賀茂真淵(まぶち)に入門。30歳から塙姓(須賀一の本姓)を称し、名も保己一と改める。34歳、各地に存する未刊の国書を叢書(そうしょ)として出版することを志し、41歳(1786)から『群書類従』(530巻1270種)の刊行を開始し、幕府の援助を得て、74歳(1819)完成する。当時の本屋は仲間以外の出版物を扱わなかったので、販売面でも苦労し、年頭には予約購読者を訪ねて挨拶(あいさつ)して回ったという話も伝わる。
 48歳(1793)江戸・表六番町和学講談所を開設し、後進の教育と、図書・史料の研究調査活動を進めた。温故堂の号は、初め松平定信(さだのぶ)が講談所に命名したもの。『大日本史』の編纂(へんさん)・校訂に協力したほか、『続群書類従』『史料』などの出版も計画したが未完成に終わる。76歳、総検校となる。著書に『花咲松(はなさくまつ)』『武家名目(みょうもく)抄』などがある。『群書類従』の版木1万7244枚は東京都渋谷区東の温故学会に、和学講談所の蔵書は国立公文書館に現蔵。文政(ぶんせい)4年9月12日没(文政5年7月9日公儀に届出)。76歳。墓は東京都新宿区若葉町の愛染院と埼玉県本庄市児玉町の竜泉寺とに現存する。本庄市には記念館があり、生家も保存されている。[梅谷文夫]
『太田善麿著『塙保己一』(1966・吉川弘文館) ▽温故学会編『塙保己一研究』(1981・ぺりかん社)』
大日本百科事典からの引用

・・・塙保己一は、一度読んでもらい、口ずさむと覚えてしまうという天才的な暗記力の持ち主です。日本の歴史上、このように天才的な頭脳の持ち主は幾人か存在します。古事記の口承(歌い継ぎ語り継ぎして、口伝えに語り継ぐこと)をした稗田阿礼。真言密教を日本に伝え、ときの天皇に弘法大師と諱を送られた空海。その他にも、数々の偉人が存在するのも日本人の素晴らしさを現していると思います。
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